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情報の非対称性

翻訳というのは、情報の非対称性という概念を強く思い知らされる職業だと思います。

まずは、この言葉の定義から見てみます。

上武大学の池田信夫教授はブログの中で、この言葉の意味を次のように説明しています。

情報の非対称性(私的情報)とは、principal-agent関係で代理人だけが知っていて依頼人が知らないことである。この場合、依頼人が代理人にだまされる(モラル・ハザード)ことがあり、それを恐れて取引をしない(逆淘汰)こともある。


これは経済学的な観点からの基本的な定義だと思いますが、翻訳者の立場から見ると、少なくとも私には全く反対の解釈が成り立つという感じがします。

つまり、翻訳では依頼をする側の方が情報を持っているのが普通です。

誤解されるといけないので、念のために書いておきますが、上記の定義文の中に「依頼人が代理人にだまされる(モラル・ハザード)」という表現がありますが、私がここで言っている内容にはこのだまされる、だまされないといったニュアンスはありませんので、ブログを読んでくださっている方にはあらかじめご理解いただければと思います。

翻訳では、全く同じ文書を何回も扱うということはありません。今日訳した文書は今日限りのものであり、明日また同じ文書の翻訳依頼を受けることはありません。

毎回引き受ける文章の内容は違うものであり、一度として同じ文章を何回も扱うことはありません。それゆえに、毎回毎回が真剣勝負です。

今回うまく訳すことができたからといって、明日もうまく訳すことができるとは限りません。全て違う内容の文書なので、そのたびにより適切な訳文を提供することができるように文書のテーマや内容に臨機応変に対応し、最大限の努力をします。

翻訳というのは、自分が書きたいことを書くのではなく、自分以外の人が書いた文章を訳すものであり、そこには必然的にコミュニケーションを交わす上での情報の格差が生まれます。

つまり、その文章の内容を最もよく知っているのは、それを書いた本人です。それを客観的な立場から読んで、内容を理解する第三者にとっては、いわば初めて目にする文章になるわけであり、書いた本人との間には、そこに盛り込まれた情報や感情といった認識の面で広義のコンテンツに差があります。

iPhoneをPCにつないで、iTunes Storeで内容を同期するように、人間も互いの頭脳をケーブルでつないで、電子的に頭の中にあるコンテンツを同一化することができれば、コミュニケーションにおける誤解や認識の差といったものをなくすことができるでしょう。が、現実にはそんなことは不可能なわけです。

最近、ある研究者が研究機関に申請を出すために書いた申請書を英語に訳すという案件を受けた時、情報の非対称性という概念を改めて感じました。

案件の趣旨は理解していますし、文章の内容を読めば何が書かれているのかはわかりますが、第三者の立場で訳している時、その文章を書いた人の実感のようなものがつかみにくく、隔靴掻痒の感を否めませんでした。

初めて聞く研究プロジェクト名や政府機関の研究補助事業を表す固有名詞、大学内の研究センター名といった言葉が出てきて、そういうものは調べればわかりますし、訳す際に、必要に応じてリサーチでわかった新たな情報を基にしながら翻訳を進めることはできます。

ただ、その文章の著者のバックグラウンドが見えにくいというか、どこか霧の向こう側を見ているような感覚を覚えました。

私が翻訳をする際に、常に最も重視しているのが各案件の裏にあるコンセプトです。もちろん、一つ一つの言葉を丁寧に読み込んで、より適切な訳語を選択するという具体的でテクニカルな側面が大事であることは言うまでもありません。が、その案件の裏に依頼者側のどんな考えや思い、思惑があるのかを把握することは非常に重要なことだと思っています。

翻訳と言うと、一般的に紙の上のものであるかのようなイメージを持たれている感がありますが、実際には人間同士の思いを伝え合う肉感的なコミュニケーションの側面が非常に強いです。

相手がどんなものを求めているのか、その文章の想定読者は誰なのか、その文書をどんな目的のために翻訳する必要があるのか、といった様々な関連要素を考慮することによって、よりその趣旨にふさわしい訳文に仕上げることができます。

上記の案件でも、依頼主に確認したいことがあり、確認させてもらいましたが、それでも何か雲をつかむようなしっくりこない感じが残りました。

私事で恐縮ですが、私はモータースポーツが好きで、もう一つのブログに個人的にF1に関する内容を綴っています。そこには、海外のF1関連記事の紹介などもしており、内容を日本語でまとめた文章を載せています。

F1には、この分野独特の用語が使われます。特に、技術的な専門用語はF1についてある程度知っている人でないと、簡単には理解することができません。例えば、F1マシンの各部位の名称(サイドポンツーンやインダクション・ポッドなど)や、ルール(レギュレーション)に規定された様々な専門的な内容を表す言葉、FダクトやKERS、可変リアウィング、ディフューザーといった技術用語など、独特の用語が多く使われます。

こういった用語は普通、F1好きの人でなければ知らない言葉でしょう。

私は上記のF1ブログを書く際、それを読んでくれる想定読者は基本的にF1ファンであり、ある程度F1に関する事情を知っている人だということを前提にしています。

そうすると、ブログを書く際、読者が見えやすく、コンセプトがはっきりしているので、用語の訳し方や表現の仕方が見つけやすくなります。どう表現すれば読者に伝わりやすいかが、ある程度わかります。

自分で文章を書くのと、自分以外の人が書いた文章を読んで、内容を正確に把握しながら翻訳することの間には、天と地ほどの差があります。

翻訳では、毎回初めて目にするいろいろな文書を扱います。前述の研究申請書では、内容は理解できるのですが、どこかしっくりしない感覚を覚えました。できる限り多くの案件で、私がF1ブログを書く時のような感覚を持つことができれば、よりスムーズにより的確に仕事を進めることができるでしょうが、なかなかそういかないところが、翻訳の難しいところでもあり、またそれ故にやり甲斐もあり醍醐味でもあります。

翻訳では、いつ誰からどんな翻訳依頼を受け、どんな内容の文章を扱うことになるのか予想がつかないので、八百長など起こりようがないのです。

テーマ : 意見・つぶやき
ジャンル : ビジネス

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プロフィール

平井和也

Author:平井和也
KH翻訳事務所代表。主に人文科学・社会科学分野の日英・英日翻訳を中心にしており、行政翻訳専攻です。好奇心旺盛な本好きです。異文化間コミュニケーション・サポーター。日本翻訳者協会(JAT)会員。海外ニュースライター。

特に政治、経済、国際情勢、行政、ジャーナリズムといった時事的なテーマが得意です。

主な翻訳実績として、東大や一橋大学などの教授の書いた学術文書の英訳、2006年サッカーW杯ドイツ大会の翻訳プロジェクトや防衛省・法務省などの政府系文書、政府高官のパーティースピーチ文書、国際会議関連文書、シンクタンクの報告書・論考、英字新聞『ジャパン・タイムズ』寄稿記事の和訳などの翻訳経験があります。

趣味:読書、語学。

ブログを読んでいただいて、ご意見・ご感想などございましたら、お気軽に以下のアドレスまでメールをいただければと思います。

curiositykh@world.odn.ne.jp

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