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ツイッター開始から1年

私は先月11月の下旬で、ツイッターを始めて1年が経過しました。

この1年間ツイッターを使ってみて感じることは、ツイッターはまさに今を伝える共感型のメディアだということです。

ツイッターのタイムラインには1日中、常に何かの書き込みが表示されており、利用者のその瞬間の心境や置かれている状況、今どこにいるのか、何をしているのかといったことについてのリアルタイムの情報が書き込まれています。

また、それぞれの時期に話題になっている時事問題についてのニュース記事やブログ、各自の意見も活発に紹介されており、タイムラインは24時間眠らない、個人によるインターネット上の公開メモ空間の様相を呈しています。

南アフリカで行われたサッカーワールドカップの時など、タイムライン上は日本代表チームへの応援メッセージで埋め尽くされ、ツイッターが使われる前には見たこともなかったような光景をインターネット上で目にすることになりました。

ツイッターは利用者同士の緩いつながりの下における共感で成り立っているところが、最大の特徴だと思います。

フォローもリムーブも各自の判断で自由にできるツイッターは、利用者同士のつながりが他のSNSよりも緩く、機動性に富んでいます。

さらに、他の人のツイートで自分が共感するものがある時には、気軽にRTしたりコメントを書き込んだりすることもできます。

マーケティングの世界で、商品やサービスの良さをアピールし、顧客を「説得」する段階から、アイデアやライフスタイルを「提案」するモデルへと移行し、今は「共感」の時代に入ってきていると言われていますが、ツイッターはまさにこの時代の要請に適したメディアだと思います。

これまでもブログの中で、何回かツイッターのことについて書きましたが、私がこの1年間ツイッターを使って特に強く感じたのは、情報スピードの速さと、それに対する判断力の重要性です。

今を伝えるメディアであるツイッターが情報スピードや情報伝播力に長けているのは、いわば当然のことです。が、情報伝達のスピードが上がれば上がるほど、誤った情報もまた伝わりやすくなります。

それにともなって、あるツイートに書かれた内容の真偽を判断するスピード感やリタラシーも重要になってきます。

テレビや新聞といったマスコミが何十年も記者クラブという閉鎖的なメディア集団を形成し、その枠組みの中で政府機関から発表される官製情報を流してきたことは、ツイッターでも大きな話題として盛り上がりました。

その中で内閣官房機密費の問題も取り上げられ、多くの国民がこの問題について知る機会となりました。

今やインターネットメディアが高度に発達し、一般の国民が積極的に参加して、情報の受発信を機動的に行うことができる時代です。ツイッターはそういった市民参加によるオルターナティブメディアの代表と言えると思います。

11月に起きた尖閣ビデオがYouTube上に公開された事件や、ここ連日ニュースをにぎわせているWikiLeaksによる世界各国の外交に関する内部告発情報の公開などは、まさに市民メディア時代に起こり得る現象の典型と言えるでしょう。

こういった状況は、情報の発信と受信を専門とする調査機関であるマスメディアでも不可能なくらいのレベルで市民メディアが権力の監視の役割を果たすようになったことを表しているのだと思います。

実際、「尖閣ビデオはメディアの歴史の転換点」と題する池田信夫教授の記事の中で、放送業界のシンポジウムに参加したメディア関係者の尖閣ビデオ問題に対する驚きを表す内容として、次のように記述されています。

シンポジウムに出席したのは民放の在京キー局の報道局長クラスだったが、全員ショックを受けていたのは、あのビデオがテレビではなくYouTubeに流されたことだった。今までだったら、公務員が内部告発しようと思ったら、テレビ局にビデオを持ち込むだろう。しかし今回は、それを考えた形跡もない。ある局の幹部は、こう言った。

「テレビ局に持ち込んでも、流してくれないと思ったから、YouTubeに流したのだろう。たしかに持ち込まれても、放送できるかどうかはわからない。現場は絶対に流すというだろうが、これは明白な国家公務員法違反だ。『コンプライアンス』にうるさくなった法務部が、OKするだろうか」

(中略)

各局の幹部が一様に語っていたのは、テレビがもう一次情報を独占するメディアではないということだ。事件があると、まずテレビが現場へ行って中継し、新聞が書いて雑誌が論評する・・・というメディアの「食物連鎖」を、今回の事件は壊してしまった。一般人が、いきなり全世界に向けて大スクープを飛ばせる時代になってしまったのだ。


これだけ素人でもインターネットを使って簡単に情報交換できる状況の中では、どの情報が正確で、どの情報が間違っているのかを素早く見分ける判断力が特に重要になってきます。

前述のように、ツイッターは共感型のメディアであり、利用者同士が共感し合える意見や情報は瞬時にRTされ、瞬く間に広がっていきます。

今までツイッターを使ってみて感じた印象から言うと、これは時にある種の集団陶酔のような状態を作り出します。

それが良い方向に進めば、建設的な社会変革や創造的な批評を生みますが、おかしな方向に進むと、間違った認識に基づいた集団心理を引き起こすことになると思うのです。

インターネットで様々な情報を容易に入手でき、大量のデジタル情報が溢れている今の時代だからこそ、人間の生の経験や読書によって培われた価値観、世界観、歴史観、判断力、感性といったアナログ的な能力が、情報の価値や真偽を見分ける上で重要になってくると感じています。

大勢の人が共感し、賛同している意見だからといって、安易に受け入れるのではなく、あくまでも自分のフィルターを通して検証し、見直した上で賛同できるかどうかを冷静に判断する健全な批判精神が重要性を増してくると思います。

簡単に言えば、深く物事を掘り下げて熟考する力です。

同じ情報を受け取っても、そこから何を読み取るかは人によって違います。重要な情報に触れても、その重要性を読み取ることができなければ、せっかくのチャンスの原石を逃してしまいます。

ニュートンはリンゴが木から落ちてくるのを見て万有引力の法則を発見したと言われていますが、ニュートンは高い問題意識を持っていたからこそ、このような受信能力を発揮することができたのだと思うのです。

こういったリタラシーは、基本的に読書によって培われるものだと思います。それも、歴史や文学、哲学、思想などに関する古典作品が、リタラシーを高める上で有用な源泉となると思います。

古典は人間の普遍的な知恵を教えてくれるものであり、日々目まぐるしいスピードで大量の新しい情報が発信される今のような時代だからこそ、古典に裏打ちされたリタラシーは特に大きな意味を持っています。

特に歴史からは、人間が悠久の年月を経て培ってきた生きる知恵を学ぶことができます。

今の世の中で起こっている出来事も、人類の歴史の中のどこかで似たような出来事が起こった過去の事例をアナロジーとして見出すことができる可能性があります。

そういう過去の人知の蓄積から学び、今の時代をどう生き、これからの時代にどう対応していくべきかを考える材料として、歴史観というどっしりとした土台が重要だと思うのです。

「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」というドイツ帝国初代宰相・ビスマルク(1815–1898)の言葉を、何かの本で読んだ記憶があります。

テーマ : 意見・つぶやき
ジャンル : ビジネス

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プロフィール

平井和也

Author:平井和也
KH翻訳事務所代表。主に人文科学・社会科学分野の日英・英日翻訳を中心にしており、行政翻訳専攻です。好奇心旺盛な本好きです。異文化間コミュニケーション・サポーター。日本翻訳者協会(JAT)会員。海外ニュースライター。

特に政治、経済、国際情勢、行政、ジャーナリズムといった時事的なテーマが得意です。

主な翻訳実績として、東大や一橋大学などの教授の書いた学術文書の英訳、2006年サッカーW杯ドイツ大会の翻訳プロジェクトや防衛省・法務省などの政府系文書、政府高官のパーティースピーチ文書、国際会議関連文書、シンクタンクの報告書・論考、英字新聞『ジャパン・タイムズ』寄稿記事の和訳などの翻訳経験があります。

趣味:読書、語学。

ブログを読んでいただいて、ご意見・ご感想などございましたら、お気軽に以下のアドレスまでメールをいただければと思います。

curiositykh@world.odn.ne.jp

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