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行政翻訳(bureaucratese, governmentese)

私は過去3年半、語学学校の日英翻訳本科クラスで行政分野の翻訳を学びました。実際、クラスでは専門の行政以外にも、様々な分野の新聞 ・ 雑誌記事を翻訳しましたが、行政翻訳が主眼となっていました。授業の中で英訳した文書としては、国民生活白書 ・ 防衛白書 ・ 公務員白書 ・ 海上保安レポートが挙げられます。

この分野の翻訳は、中央官庁や政府、地方自治体が発行した文書を扱い、実務上は行政機関をクライアントとする翻訳形態です。クラスで教わった講師は日本に詳しいネイティブで、実際に日本政府の要人や政治家、外務省職員を相手に、翻訳を軸としたコンサルティング業務に当たっている人です。授業の中で様々な英訳に関する興味深いエピソードを聞かせてくれましたが、その中でも特に最近のものでは、2004年の秋に小泉首相が外遊した際、国連で行なった英語のスピーチの英訳をしたというのがあります。私が学校をやめた後のことですが、この人は2008年夏の洞爺湖サミットでも、国際メディアセンターで翻訳業務に当たりました。

私自身も、実務で行政学を専門に研究している大学教授の論文などを、英訳するという仕事を依頼されたことがあります。この論文には、法律名や行政機関名、特別な政府機関の肩書きの呼び名などが多く登場し、それらを英訳する場合には、原則としてそれぞれの行政機関のオフィシャル・サイトにアクセスして、正式な英訳語を調べるという作業を行います。各省庁の他にも、首相官邸や内閣府、内閣官房のサイトを調べれば、かなりのことがわかるようになっています。例えば、内閣官房のサイトには、各行政機関内の部局や官職の英訳語が掲載されており、ここをみれば大概のことはわかるようになっています。(部局課名・官職名英訳名称一覧を参昭)。法律名の英訳は、Japanese Law Translationを見ればわかります。ただ、法律は新しいものが次々と策定されるので、英訳語がまだ確定されていないこともあります。そういう場合は、基本的には翻訳者の判断で英訳語を当て、その旨を翻訳会社やクライアントに明示したり、または一般的な言い回しに変えたりといった実務的な判断を下すのが行政翻訳の手法です。例えば、下記の「法科大学院への裁判官および検察官その他の一般職の国家公務員の派遣に関する法律」という表現に関しては、正式な英訳語が確定されていないので、大文字表記(capitalization)にした上で引用符を使って“Law Concerning Dispatching Judges, Public Prosecutors and Regular National Public Employees to Law Schools”というふうに表現するか、またはa law concerning dispatching judges, public prosecutors and regular national public employees to law schoolsという具合に一般的な表記にするかのどちらかです。

行政翻訳で特徴的なのは、行政機関特有の役所言葉が多用されることです。 「~等」、「検討する」、「確保する」、「整備する」、「~のこととする」といった表現はその典型です。物事をはっきりさせずに、いわゆる“玉虫色”にぼかす表現が多く使われます。また、同じ言葉を何度も繰り返し、無闇に文章を長くするのも特徴的です。さらに、いくつもの文を読点でつないで、本来なら 3文から4文で表すべきところを1文にしてしまうようなこともあります。例えば、次のような文章が典型的な例です。

司法制度改革に伴う新たな法曹養成制度においては、法科大学院における教育が、司法試験及び司法修習生の修習との有機的な連携の下に、法曹としての実務に関する教育を担うものであることから、そのような実務に関する教育の実効性を確保するため、裁判官及び検察官に加えて、行政実務に関する最先端の専門的な知識 ・ 経験を有する一般職の国家公務員を法科大学院に実務家教員として継続的かつ安定的に派遣することを目的とした「法科大学院への裁判官および検察官その他の一般職の国家公務員の派遣に関する法律」が平成15年5月9日に公布され、法科大学院における学生の受入が始まる平成16年4月1日 (準備行為に係る規定については平成15年10月1日) から施行されることとなった。(人事院編平成16年度版 『公務員白書』より。)

因みに、私はこの長い英文を次のように訳しました。

In the new system to train legal professionals, introduced as part of comprehensive national justice system reform, law schools play a vital role in providing practical education about legal professions in close connection with the National Bar Examination and legal apprenticeship. Based on this recognition, in order to secure effective practical education, the “Law Concerning Dispatching Judges, Public Prosecutors and Regular National Public Employees to Law Schools” was promulgated on May 9, 2003, and went into effect on April 1, 2004, when 68 law schools started to admit students (the stipulations concerning preparations for dispatching went into effect on October 1, 2003). The law is intended to continuously and steadily dispatch regular national public employees with cutting-edge specialized knowledge about and experience in administrative work, in addition to judges and public prosecutors, to law schools as instructors.

いかがでしょうか?上記の引用箇所の日本語のなんと読みにくいこと。9行にわたる文を読点でつなぎ合わせ、驚くことに1文にしてしまっています。まさに行政文の特徴を絵に描いたような例文です。私の英訳では、原文を意味のかたまりごとに3つに分け、3文で表しました。

行政翻訳の面白さ、というか滑稽さを綴った本として、『政・官・財(おえらがた)の日本語塾』(中公文庫)という本があります。著者はイアン・アーシー(Iain Arthy)というカナダ人で、実際に役所文書の翻訳に携わっているフリー翻訳家です。皮肉なユーモアに溢れた抱腹絶倒の内容満載で、是非お勧めです。

テーマ : 政治・地方自治・選挙
ジャンル : 政治・経済

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遅くなりましたが

ブログ開設おめでとうございます^^

行政文は読みにくいですねー。英語の方がまだシンプルでわかりやすいかも。
風土が色濃く出てますね。

Re: ありがとうございます

> 香坂さんへ
>
> コメント、ありがとうございます。
>
> 役所文書は、本当に悪文の典型なので、とても人間の書いた文章とは思えません。
プロフィール

平井和也

Author:平井和也
KH翻訳事務所代表。主に人文科学・社会科学分野の日英・英日翻訳を中心にしており、行政翻訳専攻です。好奇心旺盛な本好きです。異文化間コミュニケーション・サポーター。日本翻訳者協会(JAT)会員。海外ニュースライター。

特に政治、経済、国際情勢、行政、ジャーナリズムといった時事的なテーマが得意です。

主な翻訳実績として、東大や一橋大学などの教授の書いた学術文書の英訳、2006年サッカーW杯ドイツ大会の翻訳プロジェクトや防衛省・法務省などの政府系文書、政府高官のパーティースピーチ文書、国際会議関連文書、シンクタンクの報告書・論考、英字新聞『ジャパン・タイムズ』寄稿記事の和訳などの翻訳経験があります。

趣味:読書、語学。

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curiositykh@world.odn.ne.jp

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