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谷内正太郎さんの講演

先週末6月5日(土)、青山学院大学渋谷キャンパスで行われた現在外務省顧問である谷内正太郎氏(元外務事務次官)の「日本外交の課題-普天間基地問題と日米関係の将来を中心に-」と題する講演を聴いてきました。

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谷内正太郎氏
1944年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了後、1969年、外務省入省。在アメリカ日本大使館参事官、在ロス・アンジェルス日本領事館総領事、外務省条約局長、内閣官房副長官補などを経て2005年外務事務次官、2008年退官。事務次官として3年の任期を務め、「凛とした志の高い外交」を目指し、アジア外交の再構築の他、価値観外交、「自由と繁栄の弧」の基本方針などを策定し実行。2009年1月~9月まで政府代表を務める。現在は外務省顧問を務める傍ら、東京大学、早稲田大学、慶應義塾大学で教鞭を執っている。著書「外交の戦略と志」(産経新聞出版)など。


谷内さんは外交実務を長い間経験してきた人だけに、国益を追及する外交の原則を重視するリアルポリティックスの姿勢が前面に出ていました。

基本的に鳩山前政権の外交・安全保障政策に対して批判的で、この政権下では外交の機能がほとんど働いていなかったと言っていました。

谷内さんが事務次官だったとき、元外務省の情報分析官でありロシア専門家である佐藤優氏が著書の中で、谷内さんは国益を損ねるようなことは決してしない極めて優秀な外務官僚だというようなことを書いていましたが、実際に講演を聴いてみれば、実務に通じた優秀な人だということはよくわかります。

印象的だったのは、官僚と政治家の関係についての谷内さんの考え方でした。

官僚と政治家を対立的な構図の中に位置づけて報道するのがマスコミのよくある報道パターンですが、谷内さんは、こういう構図は現実的ではないと言っていました。

大臣に対して歯向かってやろうだなんて考えている官僚は普通はおらず、そんな人がいたとしたら、人格的におかしい人物なだけだと言っていました。多くの官僚は大臣と協力して業務を進めていこうと考えており、官僚も普通の人間なので、認められたいとか、出世したいとかいった欲もある、ということでした。

官僚は各分野の実務に詳しいプロであり、政治家や大臣は実務のことはあまりよく知らないアマチュアであるが、政治家が指揮を執りながらこのプロとアマが協力し合って良好な連携を図っていくことが大事だ、というのが谷内さんの主張でした。

沖縄の基地問題に関しては、沖縄という土地は地政学的に重要な要衝であり、もし仮に米軍が完全に撤退することがあったとしても、何らかの形で軍事的な施設やオプションを確保しておくことになるだろう、と言っていました。

谷内さんは国益最優先の現実主義外交を掲げている人なので、在日米軍基地の問題は総論賛成、各論反対の典型的な例だが、国益のためには沖縄に限らず、日本のどこかの地域が負担を背負うことはやむを得ないという考え方の持ち主です。

講演の最初に、谷内さんは19世紀英国のパーマストン外相の国益に関する次のような言葉を紹介しました。

英国にとって永遠の同盟国もなければ、永遠の敵対国もない。永遠なのは英国の国益だけである。

欧州の中で長い歴史を持つ英国のしたたかさを感じさせる言葉です。

私はこの言葉を聴いたとき、国際政治・軍事アナリストの小川和久氏が著書『この一冊ですべてがわかる普天間問題』の中で引用している、湾岸戦争当時の米国の国務長官ジェームズ・ベーカー氏の回顧録『シャトル外交 激動の四年』の中の英国に関する次のような一節を思い浮かべました。

今回もまた、イギリスにもっとも手を焼かされた。あれもダメ、これもダメとすべてを値切り倒した挙げ句、ようやくともに戦うとの合意に至った。しかし、今回もまた、もっとも頼りになった同盟国はイギリスであった。

佐藤優さんは、著書『野蛮人のテーブルマナー』の中の国際ジャーナリスト河合洋一郎氏との対談で、英国は米国よりも謀略に長けた国であると指摘し、次のように述べています。

いまのアメリカ人は謀略が本当に下手クソなんだよね。

この点、同じ英語を話しているイギリス人は謀略に長けている。イギリスが[イラクに]2万人増派したいと考えたら、自国の大使館を爆破させるだろうね。戦前の日本がやったように、上海で坊主が殺された、そりゃとんでもない、ということで警察では対応できないから軍隊が出ていく。そんなやり方ですよ。

谷内さんは日米関係の現状について、米国は鳩山前政権に対して期待と不安を抱いていたが、今は不安しかないようだ、と言っていました。

また、民主党のマニフェストには体系的な外交・安全保障政策はほとんど明記されておらず、国益ベースでの考え方や一貫性や継続性を重視する外交の原則からも外れているということでした。

さらに、政と官の関係について、政治主導、官邸主導を基本原則として掲げた民主党政権下では、政務三役(大臣、副大臣、政務官)は各省庁の局長クラス以上には相談せず、課長クラスとのコミュニケーションが中心になっている、と指摘していました。

事務次官会議を廃止し、各大臣がバラバラなことを言っているということでした。

外交面では、民主党政権は2010年1月、改正新テロ対策特別措置法の失効にともない、約8年間に及ぶインド洋での給油活動を終了し、今後は治安強化のための警察官支援など5年間で50億ドル規模(1年10億ドル)のアフガニスタン民生支援に力点を置く考えを強調しています。

これに関して、谷内さんは、日本のパキスタン艦艇への給油活動(昨年は年間24億ドル)は評価されており、パキスタンに対する支援活動というのであれば理解できるが、アフガンへの民生支援は的外れな選択だと言っていました。というのも、アフガニスタンのカルザイ大統領の弟は麻薬王として知られており、そんな国に支援を行うのは国際的にみてもおかしいからだ、と言っていました。
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カルザイ大統領の弟

また、鳩山前首相の言動に関して、「命をかけて」や「職を賭す」といった重大な言葉を簡単に口にするところが問題であり、言葉が軽かったと批判していました。

新しく選出された菅首相は婦人運動家・市川房江女史の市民運動参画や3回の落選経験のある人物であり、鳩山氏よりもずっとしたたかな政治家なのでは、という見立てを示していました。

次に、前ブッシュ政権下の米国の問題点を指摘し、現オバマ政権に対する鳩山前政権の対応及び国際的な政策の問題について述べました。

前ブッシュ政権ではunilateralism(単独行動主義)が著しく、テロ撲滅の名の下にアフガン、イラクで軍事作戦を展開するも泥沼化し、京都議定書、包括的核実験禁止条約(CTBT)国際刑事裁判所(ICC)のいずれに対しても批准、署名を拒否し消極的な姿勢を示しました。

また、自国の国力を超えた海外情勢への関与(Samuel P. Huntington教授が提唱したLippmann Gap)を繰り返し、イラク、アフガン、イラン、中東和平、北朝鮮とあまりにも広範囲に外交の手を広げ過ぎて(overcommitment)限界を超えている、と指摘していました。

特に北朝鮮情勢では、クリストファー・ヒル(Christopher R. Hill)東アジア・太平洋担当国務次官補(現イラク大使)が核開発問題に集中し過ぎた感があるということでした。

オバマ政権に対する鳩山政権の対応に関しては、日本こそunilateralism(単独行動主義)なのではないか、という問題意識を提示していました。1996年の普天間基地移設に関する日米合意とは違う内容を一方的に宣言し、対米関係を混乱させたということでした。

また、温室効果ガスを1990年比で2020年までに25%削減するという非現実的な目標を国連で宣言し、国内手続きも国際的な根回しもしないで行動したことを問題視していました。25%削減という目標は、世界的には達成不可能だというのが広い認識だということでした。

さらに、鳩山前政権では東アジア共同体の創設について、「対米依存からアジア重視」という基本理念を掲げていますが、特に岡田外務大臣が言っている「東アジア共同体に米国は入らない」という表現は問題であり、日米同盟を維持しながらも、アジア重視に舵を切るということの真意を米国側に的確に伝えることができていない、と言っていました。

講演の最後の方で、谷内さんは個人的な考えとして次のようなことを言っていました。

東アジア共同体というからには、枠組みに参画するアジア諸国の間に帰属意識がなければならない。また、アジア各国の多様性は重要な要素であるが、もし共同体が創設された場合、中国がリーダーシップを握ることになるのではないか。

歴史を振り返ると、明治から幕末にかけての日本は国力を増強し、自立への衝動があったが、戦後の日本は、米国の比較的寛容な政策の下で守られてきたことによって甘えが生まれた。

今年4月の核安全保障サミットで、鳩山前首相はオバマ大統領とわずか10分程度の非公式会談を行ったが、これは10分間だけ他の要人たちとの会話を中断し、オバマ大統領と会話を交わしたという程度のものであり、会談などと言えるレベルのものではなかった。オバマ大統領に話せばわかってもらえるという甘えがあったのでは、と言っていました。

また、先日ワシントンでリチャード・ローレス元米国防副次官(Richard Lawless)と会い、話をしたときのことに触れていました。ローレス氏は、前ブッシュ政権で普天間基地移設問題の日米最終合意文書を作成し、キャンプ・シュワブ沿岸部埋め立てによる辺野古V字型滑走路の原案をまとめた人物です。

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リチャード・ローレス元米国防副次官

その際、日米中の正三角形論が話題になりましたが、ローレス氏は、日本は正三角形の一極ではない(“Definitely not Japan.”)と言っていたそうです。敢えて米中以外の一極となりえる候補を挙げるとしたら、それはEUだろうと言っていたそうです。

私はこの話を聴いたとき、ドイツ在住のジャーナリストである熊谷徹氏が某SNSの日記に書いていたことを思い出しました。

熊谷さんは、ヨーロッパに住んで日本の情勢を見ていると、今や日本の世界における存在感が急速に薄れてきていることがよくわかる、と書いていました。

在日米軍基地問題について、谷内さんは「有事駐留システム」という概念に言及していました。これは、有事の際に、ある国が他国を守るために自国の兵士の命をかけるという傭兵システムです。他国の防衛のために軍事行動を起こし、自国の若者の命を捧げるというのはたいへんなことであり、また軍事オペレーションの面でも機動性に欠けるため、このシステムは現実的ではないということでした。

在日米軍のように、他国に自国の軍隊を駐留させて防衛に当たるという「人質システム」は機動性に優れ効率的な軍事オペレーションを展開しやすく、欧州などでは一般的な考え方だと言っていました。

以上が、谷内さんの講演の主な内容です。

谷内さんは、多くの官僚が大臣に対して協力的だと言っていましたが、私は必ずしも全ての官僚がそうだとは限らないと思いますし、官僚の中でも重要なポストに就いている人物がきちんとした見識と良識を持って行動しているかどうかによって、組織文化が大きく左右されるのだと思います。

たとえ多くの官僚が有能でも、重要ポストにある人物が私欲や省益のことばかり考えていて、より広い視点から国益を考えないのであれば、組織は衰退し腐っていくと思います。

また、谷内さんは、実務のプロである官僚とアマチュアである政治家の良好な連携が大事だと言っていましたが、私は政治家が実務に疎いのは問題だと思います。政治家が現場感覚や現場の詳しい業務内容を把握できていなければ、よく言われる官僚のレクチャーによって官僚に都合の良い方向に誘導され、国益を損ねる結果を生むと思います。

そもそも、官僚は各分野の実務に詳しいということ自体を疑ってかかることが重要だと思います。というのも、これはほんの一例にすぎませんが、小川和久さんは前述の著書の中で、政治家や官僚が基本的な軍事知識を持っていないために、ピント外れな議論をすることがあるということを指摘しています。

例えば、中央省庁のOBが普天間の代替施設として45メートル四方の「ヘリポート」という表現を使っていたことがその端的な例だといいます。

飛行場または航空施設を米海軍と海兵隊は「エア・ステーション」、米陸軍は「エア・ベース」と呼んでいます。上記の官僚OBが真顔で語った「45メートル四方のヘリポート」とは、普天間問題ではヘリコプターを1機しか運用することができないことを意味します。

50機レベルの話をしているときに1機しか離発着できないヘリポートの建設というのは、どう考えてもおかしいとわかる、と小川さんは言っています。

小川さんがある防衛官僚に、普天間基地を根拠地としている海兵隊第3海兵遠征軍第1海兵航空団が保有するヘリの機数を尋ねると、「せいぜい100機ぐらいでしょう」と答えたといいますが、実際にはその定数は450機以上だそうです。

また、海兵隊は揚陸艦で敵前上陸するという第二次世界大戦以来のイメージを持っている人も少なくなく、この認識は今はもう時代錯誤だとも言っています。

前述の通り、谷内さんは沖縄の基地問題に関して、沖縄という土地の地政学的な重要性を考えた場合、もし仮に米軍が完全に撤退することがあったとしても、何らかの形で軍事的な施設やオプションを確保しておく可能性があり、国益のためには沖縄に限らず、日本のどこかの地域が基地の負担を背負うことはやむを得ないという考え方を持っています。

在日米軍基地、特に沖縄に集中する基地の問題は、極めて解決が難しい問題であり、ほんの数年でどうにかできるような問題ではありません。

しかし、だからと言って、いつまでも現状のままでいいとも思いません。

私個人は、主権国家である日本、しかも経済的に貧しい発展途上国でもないこの日本という国に、米軍が長期にわたって駐留し、基地の負担を強いられる住民がいるということは、非常に不合理で、理解しがたい事実だと思います。

具体的な期限は別として、最終的には米軍が日本から出て行くことが、日本という国家のあり方として健全な姿だと思っていますし、日本として新しい安全保障体制を構築し、国家として自立すべきだと思います。

沖縄の米軍基地を含めた在日米軍基地問題解決のためのひとつの長期的なビジョンとして、ニューヨーク市立大学の霍見芳浩教授は1996年に出版した『通念破壊』の中で「新拡大日米安保条約」という構想を次のように提示しています。

これは、安保の枠組みを拡大し、日本、米国、韓国、台湾が協調して北朝鮮と中国の経済発展を助けながら、一方で二国のいずれかが核兵器を使用しようとした場合に米国の核の傘で牽制するという考え方である。

在日米軍基地は日韓台の安全保障だけではなく、米国の世界的な安全保障体制維持のために不可欠であり、米国の防衛にも必要であることを明記する。これによって、日本の安保タダ乗り論を明確に否定する。

今沖縄に駐留する米軍の大部分を韓国とハワイに移す。日本には万一の場合の補給基地と武器の貯蔵をするだけにする。

韓国とハワイに移す米軍の維持費の負担は続けてもいいが、在日米軍の一人当たりの経費は半分に減らし、日本に不要な米軍兵士や家族を駐留させないようにするための逆インセンティブにする。

これは、日本が国家としての自立心を示し、米国をはじめとした国々と堂々と交渉していこうという意欲や胆力と、それを実現するための巧みな戦略がなければできることではないと思います。真の意味で国際派でありリベラルと言える霍見教授だからこそ提唱できる構想です。

今回の講演を通じて、谷内さんは基本的に国益を重視し、実務に通じた優秀な外務官僚だという印象を受けました。

佐藤優さんは鈴木宗男議員との対談本である『反省 私たちはなぜ失敗したのか?』の中で、1999年秋に当時条約局長だった谷内さんがチェチェン問題に関して鈴木氏と対立したときのことについて、次のように述べています。

鈴木さんと外務省幹部の仲介で私が歩き回っているときに、谷内さんは私にこう言いました。「鈴木さんの言うことは、一つの外交論として筋が通っている。それはわかった。しかし、外務省には外務省の立場があるから、その全体を踏まえて決めたい。私は鈴木さんには詫びない。詫びるようなことはしていないからだ。それで鈴木さんとぶつかってしまうならば、それは本望ではないけれども、仕方ないよ」と。私はこの通り鈴木さんに伝えたんですね。そのとき鈴木さんは、「谷内はしっかり者だな」と言った。

要するに、一流の政治家は筋を通す官僚を高く買うわけなんです。谷内さんは鈴木さんが権力をもっているときも過度にすり寄ったり、歯が浮くようなおべんちゃらを言うこともなかった。

(中略)

谷内さんがいい悪いと言いたいのではなくて、谷内正太郎的なものが当たり前であり、外務省に谷内正太郎的な遺伝子が流れているはずだと思うんです。竹内行夫さんとか西田恒夫さんとか丹波實さんとか、ああいう人が外務省の大混乱を招いた後で、谷内さんが事務次官として登場して、外務省の文化の変容が起きているんではないかと思います。

この言葉に対して、鈴木議員は次のように応えています。

谷内正太郎的なもの、谷内正太郎さんのDNA。それはたしかに外務省の救いであり、外務省の希望だと思います。

ちなみに、谷内さんは著書『外交の戦略と志』の中で、鈴木宗男議員と佐藤優さんに関して次のように書いています。

北方領土問題をめぐっては、鈴木宗男衆院議員が「外務省を支配している」といった批判もあったが、私は鈴木氏を異能の政治家だと思っている。多くの国会議員が外交に興味を持たなかった中で、鈴木氏は外交に一生懸命に取り組んだ。その中でもとくに米国ではなくて、ロシアやアフリカとった、ほとんどの政治家が取り組まなかった問題で努力をされた。ただ、中央政界という厳しい世界の中で駆け上がっていくには、いろいろ無理をしなければいけないところもあって、さまざまな批判も出たのではないかと思う。しかし、鈴木氏の考え方と努力が、ときの政治状況と合致すれば大きな力になったと思う。

(中略)

鈴木氏とともに北方領土返還に取り組み、現在は起訴休職外務事務官として著述活動に取り組んでいる佐藤優氏は、情報マンであり、研究者であり、もちろん外交官でもあるという多彩な才能をもっている。一方、それ以上に強烈な政治的な意思をもっていたという感じがする。その意味で佐藤氏も異能の人だ。筆力も優れており、現在の活動は佐藤氏の特性に合っているような気がする。

ただ、私は、谷内さんが外務官僚として非の打ちどころのない存在だと言っているわけではありません。実際、今年6月4日付の産経新聞の記事「密約文書廃棄の可能性 情報公開法施行前に指示か 外務省報告」の中で、2001年の情報公開法施行前、外務省で核艦船の通過・寄港を黙認した日米密約に関する重要文書が廃棄された可能性があることに関して、東郷和彦元外務省条約局長から事務次官時代に密約関連文書を引き継いだ谷内さんは、「東郷氏から密約を含む資料を引き継いだのは確かだが、赤いファイルの記憶はまったくない」と説明し、さらに「内容には目を通さず、すべて関係する課に下ろした」と答えたと報じられています。

以下の追記欄に、『サピオ』2010年4月14日・4月21日合併号掲載のこの密約文書問題に関する佐藤優さんの記事の要点と、小川和久氏が前記の著書の中で提示している普天間問題解決のための極めて具体的な一案について付記しておきます。

●『サピオ』4月14日・4月21日合併号36ページから37ページ掲載の佐藤優氏の記事より抜粋

『文藝春秋』2009年10月号に東郷氏は「核密約『赤いファイル』はどこへ消えた」という論文を発表した。その後「赤いファイル」に関する興味深い情報が2人から筆者に入ってきた。いずれも外務省の内情に通じた人だ。その要旨は、「『赤いファイル』などの機密文書は東郷氏の後任となった谷内正太郎条約局長が引き継いだ。情報公開法が近づいてきたときに谷内局長は、部下の条約課長に『然るべく処理してくれ』と言ってこれらのファイルを渡し、処理を委ねた」という内容だ。情報源の1人は、その条約課長は杉山晋輔氏だと実名を筆者に伝えた。杉山氏は現職の外務省幹部(地球規模課題審議官・大使)だ。衆議院外務委員会は、谷内氏と同時に杉山氏を参考人として招致する必要がある。

●小川和久氏の解説と提言

普天間基地移設問題を考える上で、最も基本的な日米同盟の軍事構造として、米国にとっての在日米軍基地の位置づけに関して次のような事実を把握しておく必要がある。

世界一の軍事大国である米国は、パワー・プロジェクション能力(戦力投射能力)を日本列島に置いている。戦力投射能力とは、「多数の戦略核兵器によって、敵国を壊滅することができる能力」または「数十万人規模の陸軍を海を越えて上陸させ、敵国の主要部分を占領し、戦争目的を達成できるような構造を備えた陸海空軍の戦力」を表している。これは、日本が米国の戦略的な根拠地であるということである。

米国海軍が管理する3ヵ所の燃料貯蔵施設(横浜・鶴見570万バレル、長崎・佐世保530万バレル、青森・八戸7万バレル)は米国防総省最大のオイルターミナルを形成してきた。その後、横浜市内の施設の返還などがあったが、それでも巨大な貯蔵能力を備えている。

弾薬貯蔵施設も、広島県内に置かれた陸軍の3ヵ所(秋月、広、川上)の合計11万9000トンは陸海空自衛隊の保有弾薬量を上回る規模であり、佐世保にある海軍と海兵隊の弾薬貯蔵施設は「世界の半分の範囲(ハワイから南アフリカ最南端の喜望峰まで)で最大の陸上弾薬庫」と米海軍報道資料に表記されている。

横須賀や佐世保を事実上の母港とする第7艦隊と沖縄に司令部を置く海兵隊は、日付変更線より西側の西太平洋と、アフリカ東海岸までのインド洋全域を、つまり、地球の半分を担当している。ハワイ以西・ケープタウン以東で何か事があれば、米国は第7艦隊という世界最強の艦隊を、空母機動部隊を中心に日本から出撃させる。1991年の湾岸戦争も2003年のイラク戦争も、さらには朝鮮戦争もベトナム戦争もそうだった。

仮に日米同盟が解消されたとすると、米国は戦略的根拠地である日本列島を使えなくなることになり、地球の半分の範囲で行動する米軍を支える能力の大半を失ってしまうことになる。日本の代わりができる同盟国はない。地球の半分の範囲で行動する米軍は、場合によっては巨大な規模に膨れ上がるし、最先端を行くハイテク兵器で固めている態勢を支えられる同盟国は米国と同等の国力を持ち、とりわけ工業力、技術力、資金力の三拍子が備わっている必要がある。日本以外の国には無理である。だから、多くの日本国民が錯覚してきたのと逆に、米国こそ日本から日米同盟を解消されることを恐れてきたのである。日米同盟がなくなれば、日本が失うものも大きいことは言うまでもないが、米国が失うものはもっと大きな世界のリーダーの座なのである。

沖縄には手足の強力な筋肉に相当する機能が集中している。筋肉を動かす頭脳や心臓、中枢神経に相当する機能は日本本土にある。

在日米陸軍司令部は神奈川県のキャンプ座間にあり、ここには米陸軍第1軍団前方司令部もある。在日米海軍司令部は横須賀基地にあり、横須賀、佐世保、沖縄ホワイトビーチの海軍基地の他、嘉手納、厚木、三沢の海軍航空施設隊などを指揮下に置いている。在日米空軍司令部は第5空軍司令部の置かれた横田基地にあり、三沢、横田、嘉手納の航空部隊を指揮する。

最大の頭脳中枢と言うべきは、第7艦隊の旗艦ブルーリッジと神奈川県・横須賀のコマンド・ケイプ(洞窟司令部)である。ブルーリッジがメイン、コマンド・ケイプがバックアップというワンセットで、地球の半分に展開する海軍と海兵隊をコントロールしている。地球のもう半分は、大西洋にいるブルーリッジの姉妹艦マウント・ホイットニーという船とノーフォーク海軍基地がコントロールしている。

まず最初にはっきりさせておかなければならないのは、沖縄県民の考え方を確認する作業である。

沖縄では普天間飛行場の県外移設論が強まり、反基地感情が広がっているが、沖縄に限らず日本全国どこでも、自衛隊にせよ米軍にせよ、軍隊の基地などない方が良いに決まっている。しかし、現実に基地が存在するのは、それなりの理由があり、過去の経緯がある。

この点について、沖縄県民と考え方を確認しておく必要がある。それをしないと、沖縄の人々に、反対を強く叫びさえすれば基地がなくなるかのような錯覚を与えかねない。

例えば、現時点で日本から米軍を全て撤退させると、どんなことが起こるのか。それで平和がくれば結構だが、現実には、日本が今以上の軍事負担を強いられることは確実である。そうであれば、米軍全ての撤退という選択肢はなく、日米同盟を続けながら在日米軍基地の整理・統合・縮小や軍縮を目指すという方向しか残らないことが明確になる。

●嘉手納統合案はなぜダメか?

岡田外務大臣が一時語っていた嘉手納統合案(普天間の機能を嘉手納にそっくり移して「基地内基地」とする考え方)は、三つの理由でダメである。

一つ目:嘉手納町は面積の約83%が基地に占められており、騒音問題が深刻で、基地がまちづくりを大きく阻害しており、住民にとって基地機能の拡大は受け入れられない。

二つ目:嘉手納に普天間の機能を統合すると、米軍にとって有事の際にほとんど使い物にならなくなる可能性が高い。普天間飛行場の嘉手納統合案は、空軍と海兵隊に関する航空戦力や部隊運用の基礎知識を知らないがゆえの机上の空論であり、米国側が受け入れるとは到底思えない非現実的なプランである。

三つ目:統合案は、嘉手納を未来永劫、米国の巨大な軍事基地として固定化することを意味し、沖縄の未来を封殺することになる。

●グアム移転案はなぜダメか?

8000人がグアムに移転しても、海兵隊のヘリコプター部隊は普天間(またはその代替施設)に、戦闘機部隊(と空中給油機部隊)は岩国にいる。米軍再編でキャンパス座間に米陸軍第1軍団の前方司令部が置かれ、陸海空・海兵隊の統合運用が始まった。その中で、沖縄の海兵隊の司令部機能については、負担軽減に関する沖縄県民の要望と合致し、日本側が移転コストを負担してくれるならば、グアムでもかまわないという話になっている。その場合でも、海兵隊のヘリコプターその他の部隊と地上部隊が、常に一緒に訓練することができ、しかもプレゼンスを示すことができなければならない。

沖縄に海兵隊を置くことは、まず台湾海峡周辺の緊張、次いで朝鮮半島の緊張を抑止する効果が極めて大きい。特に弾道ミサイルなどで台湾の政治、軍事の中枢を叩き、特殊部隊で制圧する中国の断頭(斬首)攻撃に対しては、沖縄に海兵隊が駐留するかどうかは、対応の分かれ目になる。

その意味で、沖縄は東アジアの要衝であり、だからこそ米軍は沖縄に多数の基地を造り、朝鮮戦争にもベトナム戦争にも活用した。

普天間飛行場に関する現実的な解決の構想を進展させる上での負担軽減の三条件

1. 普天間からの危険性の除去
2. 日米地位協定の改定
3. 沖縄経済の活性化

特に沖縄経済の活性化については、次のような点を認識しておくことが重要だ。

建設業の米軍関連事業への参入条件を緩和する必要がある。基地を受け入れたのに、工事を東京に本社を置く大手ゼネコンが仕切り、その下請け企業ばかりが利益を得るのでは、地元企業は救われない。米軍、自衛隊を問わず、基地を抱える全国の地域について、基地関連事業への地元企業の優先参入枠を認めることを法制化すべきだ。

●有事即応の野戦部隊は1~2日で移駐が可能

沖縄県の資料によれば、普天間飛行場に常駐する航空機は52機。まず、16機の空中給油機など固定翼機は滑走路が必要だが、海兵隊岩国飛行場または空軍嘉手納基地を仮の移駐先とすれば、極端な話、今日にでも移すことができる。

岩国飛行場は、代替施設への移設と同時に、普天間の固定翼機を移転させることになっている飛行場だから、それが何年か早まるというだけのことだ。嘉手納基地は、米本土から200機以上が増強される事態を想定しているから、16機の固定翼機を受け入れるのに十分な余裕がある。

残りのヘリコプターは36機。これは、海兵隊のキャンプ・ハンセンとキャンプ・シュワブという広大な二つの基地を仮の移駐先とする。米軍には射撃演習場を分断されては困るという事情があるので、そこは協議の上、訓練の邪魔にならない場所をブルドーザーやパワーショベルで切り拓き、ならして発着場を造成する。

ここにヘリ36機を二つに分けて1個飛行隊ずつ、または1個飛行隊+アルファずつ分散移駐させる。1~2日で駐機スペースを造成して順次ヘリを移し、並行して簡易舗装をした駐機場を1週間前後で完成させることは、本番の戦場を想定すれば簡単なことだ。格納庫、整備場、弾薬庫、燃料貯蔵施設などの仮移駐を含めても、作業は1ヵ月以内に終わる。

この工事は、九州の第5施設団をはじめ陸上自衛隊の施設科部隊(工兵部隊)が担当する。海上自衛隊の輸送機で沖縄まで移動し、LCACという大型ホバークラフトで上陸させる。日米共同訓練というかたちで数千人規模を投入し、ハンセンやシュワブでやっている海兵隊の上陸作戦の訓練通りにやればいい。

日米地位協定上は、以上にかかる費用は日本側が負担する。

仮の移駐先としては、岩国飛行場、嘉手納基地、キャンプ・ハンセン、キャンプ・シュワブ以外に、宮古島市の下地島、国頭郡伊江島も候補地に含めてよい。以上の何ヵ所かを組み合わせて分散移駐することも考えられる。

●キャンプ・ハンセンに海兵隊専用飛行場を建設

海兵隊の航空戦力を維持するために、普天間と同じ規模の海兵隊専用飛行場を、海兵隊の地上部隊が駐留するキャンプ・ハンセン(金武町にあり、面積は普天間飛行場の10倍)の陸上部分に移設する。

ここに普天間のキャパシティと同じか、それに近い広さの飛行場を建設すれば、沖縄県内にある海兵隊基地全てについて整理・統合・縮小に向けた交渉の条件が整う。例えば、「日本側としては、海兵隊の航空戦力が有事にも機能する広さの代替施設を提供した。ついては、第3海兵遠征軍司令官が四軍調整官の立場で使用しているキャンプ・バトラーは、キャンプ・コートニーの司令官のオフィスと重複しているので、バトラーの方は返還してほしい」というふうに交渉の余地が生まれる。

こうして海兵隊の航空戦力を維持すると同時に、海兵隊が緊急展開用の装備品をアリアナ沖やインド洋などに事前集積しているMPS(海上事前集積船)を沖縄が支え続けることを保証すれば、グアムに移転する地上部隊の即応性も維持できる。米国と新たな有事協定を結び、紛争の兆候が現れたらCRAFのシステムで24時間以内に沖縄に戻ってくることにしておけば、北朝鮮や中国に米軍撤退と誤解されるようなメッセージを伝えることにはならない。

●キャンプ・シュワブに軍民共用空港を建設し、嘉手納をハブ空港化する

中継貿易の拠点として栄えた歴史を踏まえて、沖縄にアジアのハブ空港・ハブ港湾を建設する。ハブ港湾は浦添市などに計画中の港湾を使う。

ハブ空港には、米空軍嘉手納基地を活用する。嘉手納は、日米安保条約がなくならない限り米国が返還に応じることはないほどの、米軍にとって極めて重要な航空基地である。しかし、その広大な用地は沖縄本島の心臓部を占めており、平時に軍事専用としておくことは、沖縄の発展を阻害していると言わざるをえない。そこで、これをハブ空港化して有効に活用し、積極的な平和実現の取り組みの中で使い続けようと考える。

もちろん、有事の際には米軍が現在の嘉手納と同様の機能を使えるようにしておく必要がある。そして、空中給油機やAWACS(空中警戒管制機)など空軍の大型機を受け入れの余地がある北海道・千歳基地に移駐させる。これについても米国と有事協定を結び、6時間以内に沖縄に戻ることを可能にしておけば、米国側は反対しない。

また、米空軍が沖縄に残す戦闘機部隊は、今海兵隊地上部隊が駐留しているキャンプ・シュワブの陸上部分に、「軍民共用空港」を新しく建設して収容する。キャンプ・シュワブとキャンプ・ハンセンを合わせて普天間の15倍の広さを持つ広大な敷地を利用し、海兵隊専用飛行場と軍民共用空港を建設し、あわせて嘉手納基地の性格をハブ空港へと変えていけば、沖縄本島北部を中心に巨大な雇用と新しい産業が生まれ、沖縄県全体が経済的に自立する大きな足がかりになる。

このような具体的な手順を踏んだ上で、普天間問題の解決を最初の重要なステップとして、今後の米軍基地の整理・統合・縮小に向けたロードマップを作ることが極めて重要になる。ロードマップの最終点は日米関係を崩すことなく、沖縄の軍事基地を全て廃止することだが、これには10年どころか、100年以上かかるかもしれない。期限は示さなくても、それが最終目標だとしておけばいい。そして、その目標に向けて、日本が平和主義によるイニシアチブをとって米国との同盟関係を変容させ、その中で極東、アジア、世界の軍縮を進め、沖縄米軍基地も減らしていくという工程表を描く。

テーマ : 鳩山政権
ジャンル : 政治・経済

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平井和也

Author:平井和也
KH翻訳事務所代表。主に人文科学・社会科学分野の日英・英日翻訳を中心にしており、行政翻訳専攻です。好奇心旺盛な本好きです。異文化間コミュニケーション・サポーター。日本翻訳者協会(JAT)会員。海外ニュースライター。

特に政治、経済、国際情勢、行政、ジャーナリズムといった時事的なテーマが得意です。

主な翻訳実績として、東大や一橋大学などの教授の書いた学術文書の英訳、2006年サッカーW杯ドイツ大会の翻訳プロジェクトや防衛省・法務省などの政府系文書、政府高官のパーティースピーチ文書、国際会議関連文書、シンクタンクの報告書・論考、英字新聞『ジャパン・タイムズ』寄稿記事の和訳などの翻訳経験があります。

趣味:読書、語学。

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