スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

シノドス寄稿第四弾「欧州で再燃の兆しをみせる反ユダヤ主義――世界各国の報道を見る」

専門知に裏打ちされたアカデミック・ジャーナリズム「シノドス」に、昨日8月16日(土)に第四弾「欧州で再燃の兆しをみせる反ユダヤ主義――世界各国の報道を見る」を寄稿させていただきました。

今回の寄稿では、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの軍事侵攻をきっかけに欧州で反ユダヤ主義の兆しを示唆する動きが起こっていることに注目し、米紙『ワシントン・ポスト』、英紙『インディペンデント』、カナダ紙『グローブ・アンド・メイル』、ロシアの報道専門局『RT』、ドイツ国際放送局「ドイチェ・ヴェレ」、イスラエル紙『ハーレツ』の六ヶ国のメディアがこの問題をどう報道したのかについてまとめました。

六ヶ国のメディアで共通しているのは、欧州各地で反ユダヤ主義再燃の兆しが見られており、特に英国での事件の件数が急増しているという点です。逆に、テロ攻撃の危険性からノルウェーでユダヤ人博物館が緊急閉鎖されたことを報じたのはイスラエルの『ハーレツ』だけだったという違いもありました。
スポンサーサイト

シノドス寄稿の各国メディア比較

前回のブログにも書いたことですが、私は専門知に裏打ちされたアカデミック・ジャーナリズムを標榜するメディアであるシノドスさんに記事を寄稿させていただいています。

寄稿の第一弾では「集団的自衛権行使容認を海外メディア・専門家はどう見たか」、第二弾では「マレーシア航空機撃墜事故後のロシアを海外メディア・専門家はどう見たか」、第三弾では「イスラエルのガザ攻撃を海外メディア・専門家はどう見たか」というテーマで記事を書きました。

上記のタイトルをご覧いただければおわかりのように、私は寄稿の中で世界各国のメディアや専門家がその時々の時事問題についてどんな報道や分析を行っているのかについて紹介しています。世界のメディア報道は、主流メディアの目立つ報道には誰でも自然と意識が向きますが、あまり知られていないメディアの場合には、その分野の専門家や、当該分野に特に強い関心を持っている人でもなければ、あまり目にすることはないだろうと思います。

しかし、ネット時代の現在は、世界中に様々なメディアがあり、世界的に名前は知られていなくても良質の情報を流しているメディアが数多くあります。また、国際情勢に関する専門サイトや専門機関のサイト、各国、各地域に特化したサイトなども数多くあり、情報源の多様さには目を見張るものがあります。

私は主流メディアの目立つ報道ではなく、あまり目立たないところで情報発信しているメディアやサイトを特に意識して注目しています。実際、そういうメディアやサイトにはクオリティの高い情報が掲載されており、主流メディアの報道では見落とされていたり、触れられていなかったりする情報もあります。そういう情報を体系的にまとめて紹介するのが、私の寄稿の趣旨です。

私は寄稿を通して世界各国の視点から見た多種多様なものの捉え方を紹介することで、複合的な判断材料を提示し、複眼思考によってより建設的な議論を生み出すための手助けとなる情報発信源になれればいいという考えを持っています。

世界各国、各地域はそれぞれが独自の視点でものを考え、それをもとに政府が政策を立案し、外交を展開しています。外交や国際政治といった国際的な議論の場では、各国、各地域がどう考えているのかを知っておくことは重要なことであり、それを把握していなければ、世界中が情報ネットワークでつながった今の時代には効果的な議論も生み出すことができませんし、効果的な政策や戦略も構築することができません。

そういう中で、いかに有用な情報源に接し、主流メディアの情報だけに偏ることなく、バランスのとれた言説に触れるかが重要になってくると思います。そのためには、世界各国の報道や、同じ国の中でも複数のメディアの論調を比較し、情報の相対関係を認識した上で判断を下すことが重要になってくると思います。

私はシノドスさんへの寄稿に際して、以上のようなことを考えている次第です。

私が「The New Classic」に寄稿する理由

久しぶりのブログ更新です。

今回は、なぜ私が「The New Classic」に寄稿するのかについて書きたいと思います。

私は今年の三月から「The New Classic」というニュース解説メディアに記事を寄稿していますが、私が寄稿を決めた大きな理由は、同誌の媒体資料に書かれている次のような基本理念に共感するものを感じたからです。

本誌の特徴は、「質の高い第2報」。大手メディアが、ネットでの速報競争をおこなう中、わたしたちは独自の分析や調査に基づいたクオリティの高い記事や、他社が伝えないような海外ニュースへと注力しています。


この中の、「速報競争とは違う土台に立っている」という点と、「他社が伝えないような海外ニュースに注力」という点に特に魅力を感じています。今のネット時代には、情報の速報性と拡散が驚異的なレベルまで高まっています。これにはメリットとデメリットがあります。メリットは、より速くより遠くまで情報を届けることができるという点です。逆に、デメリットは、不確実な情報や間違った情報も瞬時にして世界中に広まる危険性があるという点です。実際、東日本大震災の時にデマが飛び交ったことは記憶に新しいです。また、情報の伝達が速いだけで、伝えられる情報の分析やその質は別の話になります。

私は基本的に情報の速報性にはあまり価値を置きません。もちろん、伝達がより速いに越したことはありませんが、速いことばかりに価値を置くという考え方には賛同しません。

それよりも、その情報にどのくらいの信憑性があり、どれだけの価値があるのかという分析による意義付けこそ重要だと考えています。言い換えると、ただ単に速く伝えられる情報は「インフォメーション」ですが、それを分析し意義付けしたものは「インテリジェンス」になります。私が重視するのはインテリジェンスです。

また、「他社が伝えないような海外ニュースに注力」という点も非常に重要だと思います。日本の大手メディアは画一的な海外報道になることが多く、例えば最近の例で言えば、ウクライナ情勢に対する報道などが典型ではないかと思います。日本の大手メディアの多くが欧米の主流メディアの論調に沿った報道を行い、国際法に違反してクリミアを併合したロシアはけしからんといった反ロシア、反プーチンのスタンスをとり、欧米の偽善的な側面については報道しないというスタンスです。

そういう中で、私は「米国政府機関がウクライナのクーデターに資金提供を行っていた」という記事を寄稿し、ウクライナのヤヌコビッチ政権転覆の裏で米国がどんな工作を行っていたのかについて詳述しました。

また、キッシンジャー博士のウクライナ情勢分析イスラエルから見たウクライナ問題中央アジアから見たウクライナ問題アラブメディアから見たウクライナ問題といった切り口にも注目し、他のメディアではほとんど見られないような視点からのウクライナ情勢分析についても寄稿しました。

「ニュースを消費するんじゃなくて文脈を創る」The New Classicの挑戦というウェブのインタビューの中で、同誌編集長の石田健さんは、次のように語っています。

・ニュースを解説するメディアで、日本であまり報道されていない海外や政治のネタを中心に扱っています。あくまでストレートニュースではなく、「こういう状況です」という文脈を押さえることを目的としています。

・大事なのはどういったニュースがどういう切り口で問題化されるかという点だけです。

・例えば論文に注釈が欠かせない様になんらかの「知」や「知識」を説明するためには、相互にリンクし合ったテキストが、現時点では最も優れたものである気がします。ですから、ニュースを単にいっぱい配信しますよということではなく、Wikipediaがそうである様に、ニュースを相互に関連づけて説明するようなデーターベースになれば良いなと思っています。

・例えばアメリカ大統領選挙に興味を持って、「オバマって何をしてたんだっけ?どう評価したらいいのかな?」って気になっても、Google検索じゃ分からないことが多いと思います。「オバマケア」がどういう文脈で貶されているか、とか時系列に沿って体系的に理解したいわけです。

・結局いまって、スマホでニュースを読んでいても、インフォメーションを消費しているだけなんです。しょうもないニュースも歴史に残るようなニュースもインフォメーションとしては変わらない。そこに文脈や新たな情報をひもづけることで価値が出てくると考えています。

・起きている事象について、その背景はこうですとまさにニュークラが理念に掲げていて、あるフランスの歴史家が言ったような「世界に世界を説明する」ことに単純な興味があるからです。

・日常のあらゆるシーンで「これってどういうことなんだろう?」と気になり、検索する人はいっぱいいるので、それに応えられるものを目指しています。そういう意味では「ニュースサイト」という括りに限定されないですね。いかに単なるニュースサービスじゃない、ニュースの土俵で戦っていないものにできるかが鍵です。

上記の石田編集長の言葉を私流の言葉で表現すると、単に「消費されるインフォメーション」(情報のフロー)を伝えるというのではなく、「体系化された情報の集積」を創り、「蓄積・共有される知の資産」(情報のストック)を構築するということだと思います。

前述したように、私は瞬間的に流れていく情報の速報性にはあまり価値を見出すことはありません。そうではなく、分析され意義付けされた「インテリジェンス」に価値を見出します。そういう観点から考えて、石田編集長がインタビューで語っている内容は私の情報論と一致しています。

このような理由で、私は「The New Classic」に寄稿しています。

米軍のイラク撤退

英国の王立国際問題研究所(Chatham House)のサイトに、外交問題評議会(CFR)の国際問題担当フェローであるレイチェル・シュネラー(Rachel Schneller)女史“Iraq and the American Pullout: Separate We Must”と題する論稿が掲載されているので、今回はその内容をまとめてみました。

Schneller_Jan10_Lg_convert_20100828232524.jpg
レイチェル・シュネラー国際問題担当フェロー

7年間にわたってイラクに駐留していた米軍の撤退が始まるということで、世界的に注目される話題だと思いますので、この論稿を選んでみました。

イスラム教の断食の月ラマダンの最中である8月31日に米軍がイラクから撤退する。撤退をもう一年遅らせれば、米軍のイラク駐留期間はベトナム戦争を超えることになる。

米軍は、莫大な米国民の税金を使ってイラクにおけるプレゼンスを保ってきた。イラク国民の殺し合いとイラク政府の瓦解を防ぐことができるのは米軍兵士しかいないと主張して、イラク中毒症を正当化してきた。

イラク側の多くの政治家たちも、占領政策の終結を望みながらも米軍に大きく依存しており、不健全な相互依存関係が出来ている状況である。

今後イラク情勢は悪化するだろう。宗派間争いによる新たな流血の事態やアラブ人とクルド人の争い、イラクの治安部隊の能力不足を理由に、米国とイラクの安全保障協定の見直しを求め、米軍の駐留延長を主張する向きもある。

暴力と混乱が激化する危険性が大きいが、いつまでも米軍の駐留を続けていても、現地の根深い問題の解決にほとんど影響を及ぼすことはないだろう。逆に、米軍が駐留し続けることで、イラク国民が自ら問題解決に取り組む意欲を削ぐことになる。

米軍が撤退すると、指導者ムクタダ・サドル師率いるイラクのシーア派最大の反米勢力は、現地の電力問題の解決とアラブ諸国との関係改善に取り組むことができなければ、格好の敵がいなくなり、存在意義を失うことになる。

アラウィ元首相率いるイラク国民運動(イラキヤ)は3月7日の連邦議会選挙でわずかな差で勝利したが、他の主要政党と連立を組むことができなかった。スンニー派のアラブ諸国を頻繁に訪問していることで、シーア派との関係も悪化している。

マリキ氏率いる法治国家連合(SLC)とイラク国民同盟の統一会派結成の試みも、誰が連立の指導者になるのかという基本的な問題でつまずき頓挫した。

8月31日までに新政権が発足した場合、クルド人、スンニー派、シーア派の少なくとも一つの勢力は排除される可能性がある。

2005年の議会選挙の時と同様に、全政党が連立し、脱バース党化と、アラブ人とクルド人らが帰属を争う北部キルクーク州の問題について妥協を強いるような挙国一致政府が樹立される見通しはない。

たとえ挙国一致政府が樹立されても、それを望まない勢力が4年間政権内で小競り合いを繰り返すだけだろう。

米軍が撤退するといっても、完全に駐留をやめるわけではない。現地に残る5万人の支援部隊と1,300人の民間人及び外交官が、イラクの電力問題の解決と憲法改革を進めることになる。

電力不足問題の解決がイラク情勢安定化の最大のポイントであり、それによってビジネスや雇用環境が改善される。電気が使えるようになれば、投資が生まれ、石油やガスを使う分野が拡大し、ワクチンや食べ物の冷蔵が可能となり、学校が機能するようになる。

イラクの法制度改革は急務であり、しっかりとした法律や裁判制度、憲法がなければ、人々は暴力に訴えることになるだろう。

しかし、米軍は責任を持って撤退すべきだ。米国が撤退に対する責任を無視したら、イラクの人権状況に大きな影響を与えることになる。

イラクのキャンプ・アシュラフに居住するイランの急進派反体制組織であるムジャヒディン・ハルク(MEK)が問題だ。

この勢力はサダム・フセイン時代にイラクのシーア派とクルド人に対する抑圧を支援していたため、イラク政府とは敵対関係にある。米軍の撤退で、イラン、イラク双方の報復合戦が始まり、混乱を極める可能性がある。

MEKは1979年のテヘランの米国大使館占拠事件にも関与しており、そのメンバーは米国への定住を許されていない。MEKのメンバーは国連を通した公正な裁判を受けるべきである。

さらに大きな問題は、イスラム教スンニー派組織である覚醒評議会(Sahwa)のメンバーである。

彼らはスンニー派の反政府グループで、2003年から2004年に米国と敵対していたが、その後2005年から2008年には立場を替え、米国のアルカイダ討伐作戦に協力したのだった。

アルカイダはその米国に寝返ったメンバーを攻撃の標的として狙っており、シーア派民兵組織は米国に協力した彼らを軽蔑し、シーア派政府はかつての反政府勢力を警察にも治安部隊にも関わらせるつもりはない。

MEKと同様、Sahwaの反政府勢力も米国への定住を許されていないが、彼らの支援がなければ、米軍はイラクでほぼ敗北していただろうと考えられるだけに、彼らとの協定に調印した以上、残りのメンバーをアルカイダやシーア派民兵組織から守ることで協定の目的を果たすべきである。

米軍の撤退にともない、何千人というイラク人が失職する。彼らには、米国人に協力したことを理由に殺されるかもしれない危険があるが、もう治安部隊が守ってくれることはない。

そのため、米国への移住を希望する人に対しては、迅速かつ効率的に難民支援プログラムを受けることができるようにするための体制を整え、イラクに留まることを希望する人に関しては、定住地を分離し身の安全を保証する特別措置を講じるべきである。

NHK解説委員室のサイトに掲載されている時論公論「米軍撤退 イラクの今後」と題する記事から、参考になる資料をアップしておきます。

j100820_02-thumb-350xauto-78682.jpg

j100820_10-thumb-350x196-78680-thumb-350xauto-78681.jpg

j100820_01-thumb-350xauto-78693.jpg

テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

一般市民とプロの連携による「ネットワークト・ジャーナリズム」

ウェブメディアが高度に発達している今の社会状況の中で、『ルポ米国発ブログ革命』(池尾伸一著)はメディアやジャーナリズムのあり方を考える上で示唆に富み、参考になる一冊だと思います。

この本は近年の米国におけるウェブメディア事情を取材したもので、新聞やテレビ、雑誌といった従来型のメディアと、ブログなどの新しいメディアの置かれた状況を知るための良い材料となります。

●ウェブ上の倫理とメディア・リタラシー

ニューヨーク市立大学のジェフ・ジャービス准教授は、ウェブ上の情報の発信者は情報の信頼性を高めるために、①リンクの倫理、②透明性の倫理、③訂正の倫理の3つの倫理を踏まえるべきだと提言しています。

リンクの倫理は、読者が簡単にキーとなる事実に関する情報の原典に当たれるように、引用した記事や資料などを載せているサイトを張ることです。これに関して、ジャービス准教授は「基礎的な情報に加えて、自分とは逆の主張をしているウェブ上の記事へのリンクもするべきだ。データをできるだけ多く示した上で、自分の主張が適当か、読者に判断を委ねる形式にすれば、情報の信頼性は高まる」と言っています。

透明性の倫理は、発信者が自分自身の情報を開示することです。匿名やペンネームの記事よりも実名の記事の方が読者は情報を信頼できます。

訂正の倫理は、自分の出した情報について誤りとの指摘があれば、すぐに訂正することです。ジャービス准教授は言います。「読者からの情報を大事にして、ミスを指摘されたらすぐに訂正すること。プロのジャーナリストたちは訂正を恥とみなすが、ウェブの世界ではこまめに訂正すればするほど、『誠実な書き手』と受け取られ、信頼性が高まる」

この3つの倫理の根底にあるのは、メディア・リタラシーです。インターネット情報の発信者も受信者も、ウェブ上の情報の信憑性や信頼性を常に意識し、良い意味で疑ってかかる健全な批判精神が重要です。情報を発信する場合も、受信する場合も、情報に対して謙虚になることです。

実際、インターネット上に嘘の情報が掲載され、それが瞬く間に世界中に伝播することはあります。例えば、今年の1月にもCNNのサイトを真似た、ジョニー・デップが交通事故で死亡したという偽の記事がTwitterに流され、一時的に騒ぎが広がったということがありました。また、昨年暮れにもTwitter上で鳩山首相になりすました「メガネ王」と名乗る人物が話題になりました。

ネットではこういう情報操作の可能性は常に付きまといますが、私はこういうケースはあくまでもごく少数の人たちが行う例外的なものであって、多くのネット利用者は良心的でネット上の倫理を守っていると思います。一時的に騒ぎになっても、すぐに嘘だということがわかって、間もなく終息していきます。例外的な事例ばかりに注目し、だからネットは危険で良くないと決めつけるのは、ナイフを使って行われた犯罪だけを見て、ナイフは危険だから厳しく規制すべきだと主張するようなものであり、視野狭窄の論理です。私自身、インターネットの発達の多大な恩恵を享受している一人であり、ネットは使い方によって非常に便利なツールとなります。今やインターネットなしの生活など考えられません。

ただ、メディア・リタラシーが重要だということは忘れてはいけないと思います。話題の対象が一時的なものではない場合、根深い偏見や誤解を生んでしまう危険性があります。実際、シカゴ大学のキャス・サンステイン教授は、コロラド州で行ったある実験の結果を提示しています。

比較的リベラル派が多いボルダーという街の人々に、地球温暖化や同性愛者同士の結婚、人工中絶など政治的に意見が分かれる問題について、一時間ほどグループで議論してもらい、議論の前後で一人一人から話を聞きました。さらに、保守的で共和党支持者の多いコロラドスプリングスという街でも同じことを行いました。

この実験で実証された結果としてわかったことは、同じ主張の人たちばかりが集まると、主張はより過激になる傾向があるということだそうです。この危険はブログにも当てはまると教授は言っています。ブログでは客観的な事実よりも主張や意見を述べているものが多く、同意見の人たちが集まる傾向があるといいます。それが集団全体を分裂させ、建設的な議論の妨げになります。

これはTwitterにも当てはまるような気がします。TwitterのRT(ReTweet)機能は便利なツールで、自分が共感した発言や興味を持った情報を簡単に引用することができ、同じように共感した人たちがさらにそれを引用するという連鎖が起こります。ほんの数十秒くらいで100人近くの人たちがRTすることもしばしばです。

その内容が妥当なものであればいいのですが、もし間違った情報を含んでいたとしたら、瞬く間にそれが広がってしまいます。特に、影響力のある人の発言は広がりやすいので、その内容の妥当性や信憑性を判断できる冷静な思考力が必要です。

●「ネットワークト・ジャーナリズム」(networked journalism)という概念

この概念は、前述のジャービス准教授や英国のジャーナリズム研究シンクタンクであるPOLISのチャーリー・ベケット所長が「将来進むべき姿」として提唱している考え方です。

これは、プロもアマチュアも報道機関で働く者も、互いの枠を超えて、情報発信する者同士として協力し合い、真実を見つけていこうという考え方です。あるテーマを追求するプロのジャーナリストと、専門知識や身の回りの出来事について一次情報を持つ一般の人々が「つながる」新しい報道のスタイルです。以下の映像でジャービス准教授が語っているように、まだ明確なビジネスモデルは確立されておらず、ジャーナリズムの発展のためにいろいろなことを模索している段階です。

2007年10月10日、ニューヨーク市立大学が主催する第一回の「ネットワークト・ジャーナリズム・サミット」が開催されました。そこには、「アライブ・イン・バグダッド」の主宰者ブライアン・コンリーや「バリスタ・ネット」のデビー・ギャラントといった新メディアの旗手から、『ワシントン・ポスト』や『ニューヨーク・タイムズ』など従来型のメディアの編集関係者までの幅広い人たちが一堂に会し、メディアの新旧やプロとアマチュアの枠を超えて新しい時代のメディアを創ろうとするジャーナリストたちが議論を交わしました。

プロとアマチュアの両方のメリットを掛け合わせて情報発信の相乗効果を生む有意義な試みだと思います。ただ、注意しなければいけないのは、一般の人たちの多くはプロの記者のような取材のノウハウを持っていないという点です。本書の中でも、この点について次のような趣旨の記述があります。

市民は、ブログなどで意見の発表や身の回りの異変を書くことなど、最初の警告を発することはできるが、税金の無駄遣いの実態や汚職など隠れた事実をじっくり調べ上げるのは、プロの記者でなければできない。

また、読者参加型の場合、読者発の情報には有益な情報もある半面、誤った情報や他から引き写されただけの記事や一方的な意見もあります。ここで、公開する情報と公開を見送るべき情報との線引きは、各メディアごとに異なります。読者提出のコンテンツをほとんどそのまま使うというメディアもあれば、サイトの質を保つために編集者による一定のチェックを行うメディアもあります。

が、少なくとも、同書の中で取り上げられている新しいメディアの例の場合には、読者や地域社会との連携がうまくいっているところが多いようです。

例えば、2007年当時のブッシュ政権による連邦検事8人に対する不当な解任を摘発し、司法長官を辞任に追い込んだことを高く評価され、ジョージ・ポーク賞(ロングアイランド大学が毎年優れた報道活動に授与するジャーナリズム賞)を受賞したジョシュア・マーシャルの「トーキング・ポインツ・メモ」などは、読者の情報や協力を有効に活かしているようです。

私は、ジャーナリズムの原点は、プロも素人も共通していて、素朴な疑問や好奇心から実際に行動を起こし、その疑問の答えを探求する心にあると思います。

以前、YouTubeにアップされている「新宿ガムテープ道案内のこと」と題する映像(2004年製作)を偶然見つけたとき、何と面白い趣向の映像なんだろうかと感心させられました。

ある青年が2003年から始まった新宿駅構内の切り替え工事に伴って駅の至る所に使われ始めたガムテープによるユニークな道案内の文字に注目し、誰がどのように製作しているものなのかという疑問を持ったことがきっかけで、実際にそれを製作している佐藤修悦さんという人物を見つけ出し、インタビューし、最後はその本人を会場に招いてイベントまで開いてしまったという話です。

新宿ガムテープ道案内のこと(前編)

新宿ガムテープ道案内のこと(後編)

一種の遊び心が出発点ですが、ユニークな文字にまつわる事情を的確に佐藤さんとの対話で引き出しており、好奇心と発見力に裏打ちされた見事な映像構成だと思います。

●市民参加型ニュースサイト「オーマイニュース」の閉鎖

「ネットワークト・ジャーナリズム」という新しいモデルを考える上で、市民参加型ニュースサイトの動向は重要な判断材料になると思います。

日本にも市民参加型ニュースサイト「オーマイニュース Japan」がありましたが、「世界的な経済状況の悪化から」2009年4月24日付で閉鎖されました。オーマイニュースは韓国で影響力が高かったネット新聞の日本版として2006年8月にスタートしました。特に、韓国の金泳三元大統領(在任1993~1998)が2000年10月13日、高麗大学に講演に行った際、それに反発する学生が正門に立ちはだかり、12時間以上も車の中で籠城した挙句、講義ができないまま帰宅させられてしまったということがあり、オーマイニュースがその話を報道した唯一のメディアだったという逸話が残っています。

ブロガーの藤代裕之氏は「オーマイニュースはなぜ失敗したか(上)」という記事の中で、オーマイニュースの閉鎖について「インターネットメディアでありながら、インターネット的ではなかったということに尽きると考えている。そして、市民メディアを標榜していながら、その本質が従来型メディアそのものだったことも見逃せない要因だ」と述べています。

具体的には次の通りです。

2000年に創刊されたオーマイニュースが韓国で成長したのは、民主化改革を求める状況とインターネットの普及期がシンクロしたためだ。朝鮮日報、中央日報、東亜日報の三大紙はいずれも保守系で、政府寄りの報道姿勢は国民からの信頼度は低く、革新メディア登場自体にインパクトがあった。

しかし、一方の日本では既に「市民みんなが記者」であり、そこにあえて「市民記者」という言葉を持ち込んだことは、ターゲットを狭めることになった。結果的に特定の思想を持った市民団体や既存メディアに反発する人々を呼び寄せ、一般的なネットユーザーの足が遠のくことになった。

さらに、ITmediaの鳥越俊太郎編集長へのインタビュー記事の中の2chに関する発言がきっかけとなり、2006年6月1日に開設された「オーマイニュース開店準備中Blog」がいきなり炎上することになる。

記者の質問に、鳥越氏は「2chはどちらかというと、ネガティブ情報の方が多い。人間の負の部分のはけ口だから、ゴミためとしてあっても仕方ない。オーマイニュースはゴミためでは困る。日本の社会を良くしたい。日本を変えるための1つの場にしたいという気持ちがある」と発言。これにより、準備ブログに批判的なコメントが殺到する。

また、藤代氏は「期待裏切った2年・オーマイニュースはなぜ失敗したか(下)」と題する記事の中で、次のように記述しています。

インターネット事業にも関わらずネットを知らないスタッフ、ネットユーザーの情報発信力を軽視し、参加者・読者のメリットを考えない姿勢、そして市場環境や競合分析すらせず新たなビジネスに取り組む……。

何よりわかったことは、誰もがジャーナリストとなるなら、その競争は所属する組織や媒体名ではなく、言論の質になるということだろう。オーマイニュースは、残念ながら編集部発の記事ですら質で勝負するレベルではなかった。これはどのような点よりも決定的であるし、既存メディアにとっても重要な示唆となる。

以上の内容からは、オーマイニュースの編集部に創刊当初から極めて危機感が薄く、全体戦略を欠いていたことがうかがえます。理念はあったのでしょうが、少なくとも、これらの説明からは「市民ジャーナリズム」というスタイルを社会に定着させようという意図が感じられません。閉鎖は当然の帰結だったといった印象を受けます。

2003年創刊以来続いていた「市民の、市民による、市民のためのメディア」を掲げるインターネット新聞『JanJan』も、今年の3月31日付で休刊となりましたが、5月1日から「JanJanBlog」として再スタートしています。オーマイニュースとの比較対象として注目する意義があると思います。はたして、この先オーマイニュースと同じような道をたどることになるのか、事業を持続させることができるのか注目したいです。

『JanJan』休刊の理由として次の3点が挙げられています。

第1は、急激な広告収入の落ち込みにより社業を支えるだけの収入の見通しが立たなくなったことです。弊社の事業にご理解をいただける広告主を探しておりますが、この不況下でいまのところは困難を極めており、明確な見通しが立つまでの間は休業すべきと判断致しました。

第2は、IT技術の急速な発展を見せる中で、BlogやSNS、Twitterが普及する以前から創り上げてきた弊社のWebサイトシステムは技術的に少々時代遅れになりました。新しい技術を取り入れたシステムに更新する必要があり、そのためには、この際、ひと休みして新たな構想を練る時間を取りたいと考えるに至りました。

第3は、インターネット新聞『JanJan』は、官情報頼り、上から目線、一方通行型の既成のマスコミに刺激を与えるため、ごく普通の市民が記者になってニュースを書くというインターネット時代にふさわしい市民メディアの創造に挑戦しましたが、このところマスコミ側も市民の投稿やブログとの連携を重視する傾向が顕著になってきました。また、弊社をはじめ既存マスコミに属さない報道関係者が長年主張してきた中央省庁の記者クラブの開放も民主党政権の下で徐々に進んできました。こうした点からみて、弊社の所期の目的はひとまずは達成されたと得心しております。

休刊理由の二番目に関して、私個人としては、Twitter の出現は大きな影響を及ぼしているのではないかと思います。ソーシャルメディアの中でも、Twitter の情報スピードは著しいものがあり、しかもスマートフォンとの連携がそれを加速させています。たった140文字の書き込みサイトですが、決して侮れない情報発信力があります。Twitterによる気軽なコミュニケーションやiPhoneのタッチパネルによる軽快な操作は、いつでも、どこからでも情報にアクセスでき、簡単に人とつながり、情報を発信することができる臨場感や、バーチャルでありながらリアルなコミュニケーション感覚を提供しており、その経験価値が非常に大きいと思います。前記のオーマイニュースの記述にもある「市民みんなが記者」という感覚は、Twitterの出現によってより強くなっていることでしょう。

●霍見芳浩教授のジャーナリズム論

最後に、ジャーナリストのあり方についてニューヨーク市立大学の霍見芳浩教授は、十年以上前の著書『日本の再興―生き残りのためのヒント』(1997年刊行の『ハイスピード戦略』の文庫版改題)の中で次のように述べています。

「国民の反権力と市民意識啓蒙の使命感を持って、長いものに巻かれないように、権力とは必ず距離を置き、事実の核心に迫る人」をジャーナリストと呼ぶ。この定義によると、今の日本の大マスメディアに寄生している記者、編集者、評論家、キャスターなどには、ジャーナリストはほとんど見当たらない。

これに続けて、当時話題になったテレビ朝日の人見剛史記者によるペルーの日本大使公邸への潜入取材について、読者として日本の政官業による思想統制(一億総白痴化)にどのくらい毒されているかを自己診断するのに好都合の例だとし、「白痴化」度(文部省教育による官製痴呆症)を次のような強、中、弱の三段階に区別しています。 

強度の「白痴化」の人は、「人見記者の抜け駆け取材はケシカラン、政府や記者クラブが人質の人命にもかかわると怒るのも当然」という反応だった。続いて、テレビ朝日の社長が外務大臣に謝りに出向いたのを聞いても当然と思った。

中度の「白痴化」の人は、「人見記者の抜け駆け取材はケシカランが、ゲリラのトゥパックアマルは取材歓迎だろうから、別に人質の命にかかわることもない。政府や記者クラブが怒りまくるのは筋違い」という反応だった。テレビ朝日の社長も別に外務大臣に謝ることもなかろうとの反応でもある。

弱度の「白痴化」の人は、「記者魂は特ダネスクープだから、抜け駆け潜入取材は当たりまえ」との反応だった。「政府発表以外のことが日本国民に伝わることもあるから政府が怒るのは分かるが、記者クラブが怒るのは特ダネを抜かれたヤッカミだろう」とまで思いついたのなら、「白痴化」度は完治に近い。

さらに次のように記述しています。

ちなみに、人見記者のことを知った米人の友人達の反応は全部が、「日本にもまだ記者魂を持ったジャーナリストがいたのか」というものだった。「フジモリの兵隊に捕まらないように潜入するだけの知恵と行動力があったのなら、なぜ取材後も忍び出なかったのか。それよりも、携帯テレビ送信機を持ち込んで、どうして公邸から世界へ電波報道をしなかったのか」と人見記者のナイーブさを不思議がる者もいた。テレビ朝日の社長が外務大臣に謝りに出向いたと話したら、誰も信じようとはしなかった。

『ルポ米国発ブログ革命』の中でジャービス准教授やサンステイン教授が指摘している点は、今後もブログを書く上で気をつけたいと思います。

テーマ : アメリカ合衆国
ジャンル : 海外情報

プロフィール

平井和也

Author:平井和也
KH翻訳事務所代表。主に人文科学・社会科学分野の日英・英日翻訳を中心にしており、行政翻訳専攻です。好奇心旺盛な本好きです。異文化間コミュニケーション・サポーター。日本翻訳者協会(JAT)会員。海外ニュースライター。

特に政治、経済、国際情勢、行政、ジャーナリズムといった時事的なテーマが得意です。

主な翻訳実績として、東大や一橋大学などの教授の書いた学術文書の英訳、2006年サッカーW杯ドイツ大会の翻訳プロジェクトや防衛省・法務省などの政府系文書、政府高官のパーティースピーチ文書、国際会議関連文書、シンクタンクの報告書・論考、英字新聞『ジャパン・タイムズ』寄稿記事の和訳などの翻訳経験があります。

趣味:読書、語学。

ブログを読んでいただいて、ご意見・ご感想などございましたら、お気軽に以下のアドレスまでメールをいただければと思います。

curiositykh@world.odn.ne.jp

最新記事
カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

アンティークな懐中時計
今日の時事英語
ブクログ
ブクログ
検索フォーム
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
キーワード出現頻度解析ツール
検索の仕組み | 上位表示の方法 | 無料SEOツール | 最新SEO情報
人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ ドキュメントルートとは blogram投票ボタン