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ポスドク問題と高学歴ワーキングプア

先日5月16日(日)、明治大学のリバティホールで開催された「高学歴ワーキングプアの解消をめざして~学術の危機と若手研究者・ポスドク問題」と題するシンポジウムに参加しました。

会場に来ていた参加者は学術関係の方々が大半で、イベント後半時点での集計によると参加者240名ということでした。イベントでは、ノーベル物理学賞受賞者である益川敏英・京都大学名誉教授の講演を聴く機会に恵まれました。

ポスドク(博士研究員)とは、博士号(ドクター)を取った後に任期制の職に就いている研究者を指す言葉です。

第一部の益川教授の講演内容は、主に自身の大学院生時代の頃の学会の状況に関する話から始まり、現在のポスドク問題の前身とも言えるオーバードクターの問題に言及し、ポスドク問題が深刻な現状における研究者たちのあり方といった流れでした。

益川教授が大学院生だった頃は、まだ奨学金制度は狭い範囲でしか設けられておらず、奨学金を実際に受けることができる人は全体の40%くらいしかいなかったといいます。そこで、同じ研究生仲間同士が信頼関係の下に連帯して、奨学金を分け合い、後で返還する際には、複数で支払いを分割するなどということもあったそうです。

また、ポスドク問題の改善に向けた運動においては、青筋立てて切羽詰まった気持ちで行うのではなく、もう少しゆったりした気持ちで仲間をつくりながら広い範囲の連帯の下に進めた方が途中で折れることなく続けることができるのでは、といったことを述べていました。さらに、大学院生を指導する教授自身が彼らの将来の進路指導についてもっと親身になることが重要だとも訴えていました。その際に、冗談で製造物責任法(PL法)をたとえ話に挙げていました。

益川教授は、独特のユーモアと肩に余計な力が入っていない気さくな人柄が非常に印象的でした。

教授の言っていたことの中で最も印象的だったのは、ポスドク問題がある中で研究者の多くは既に形が出来上がっていて、多くの人間が注目している分野に集まりがちだが、今までに誰も手をつけたことのない新しい分野を開拓して、そこで成果を上げることも重要な選択肢ではないか、ということでした。

これはマーケティングで言う「ブルーオーシャン戦略」に当たるものだと思いますが、私はこの発言を聞いたとき、マサチューセッツ工科大学の石井裕教授(コンピュータ研究者)のことを思い浮かべました。石井教授は以前NHKの『プロフェッショナル~仕事の流儀~』に出演したとき、MITに入った後、現地の教授から今まで15年間にわたって続けてきた研究成果を捨て、全く新しいものに挑むようにアドバイスされたという話をしていました。結果として、日本的なincrementalism(積み上げ主義)から脱却して、「タンジブル」という概念を研究し始めたということでした。

科学・安全政策研究本部の山野宏太郎研究員は、「事業仕分けと大学(2)若手研究者「支援」のコンセンサス形成に向けて」と題する論稿の中で、次のように述べています。

博士課程修了者やポスドクのキャリアは、決して閉ざされていない。最も重要なことは、学生に幅広い知識・スキルを身に付けさせながら、修士→博士→ポスドクの各段階でキャリア意識・関心を高め、アカデミック/ノンアカデミック・キャリアを含めた選択の幅を広げさせることなのである。

また、続けて次のような建設的な提言も行っています。

最後に、学生に対する適切な情報提供が不可欠であることも指摘しておきたい。学生には、ポジティブな情報だけでなく、進学の「リスク」(アカデミック・ポストの競争率や、博士課程修了後の民間企業への就職状況など)についても具体的な情報を提供することで、自身のキャリアと向き合わせることが必要である。

科学技術関係予算が聖域ではなくなった現在、裏付けの無いままに研究者支援の維持・拡大を主張しても効果は薄い。外部からの厳しい指摘に対抗するには、データによる検討・反論が不可欠である。

各分野の研究水準を維持するには、日本全体でどの程度の研究者が必要で、毎年何人程度を新たに採用する必要があるのか。そのためにはポスドクや博士(後期)課程学生は何人くらい必要で、どの程度の支援をしなければならないのか。各分野の学会や研究コミュニティーが、こうしたことを真剣に検討・発信した上で、若手研究者のキャリアパスを具体的に提示することが、今求められているのではないだろうか。

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大学院在籍者数の推移                       出典:学校基本調査

益川教授の講演の後に、シンポジウムは会場の参加者からの質問や意見の表明を交えた第二部のディスカッションに入りました。

シンポジウム実行委員で筑波研究学園都市研究機関労働組合協議会(学研労協)副議長の足立伸一氏、NPO法人サイエンス・コミュニケーションの榎木英介理事、首都圏大学非常勤講師組合の松村比奈子委員長の3者による報告があり、私は個人的に特に松村委員長の発表内容に注目しました。

こういう学術的なシンポジウムにおける学会の問題というと、どちらかというと科学技術関連の理工系分野が中心になりがちであり、いわゆる文系分野が目立たなくなる傾向があります。

そういう中で、松村委員長は憲法学を専門とされており、主に人文科学・社会科学系文書の翻訳に関わっている私としては、その分野の動向に対する関心が強いので、特に気になる発表でした。

松村委員長の発表内容は、「研究者の雇用不安とはどういう問題か―大学非常勤講師のアンケート調査にみる『高学歴難民』の現状―」と題するもので、「大学非常勤講師の実態と声 2007」の調査結果に基づく専業非常勤講師の不安定で厳しい雇用環境に関する報告が中心でした。調査結果の主なポイントをまとめると、次のようになります。

・55%が女性、45%が男性
・76%が日本国籍、24%が日本以外の国籍
・平均年齢は45.3歳
・平均年収は306万円で、44%の人が250万円未満
・そのうち授業・研究関連の支出の平均は27万円で、ほとんど公費は出ていない
・平均経験年数は11年
・平均勤務校数は3.1校、平均担当コマ数は週9.2コマ
・専業非常勤講師の96%が職場の社会保険に未加入で75%が国民健康保険、15%が扶養家族として家族の保険に入っている。国民健康保険料は平均26.4万円(平均年収の8.6%)と高額で、国民年金保険料とあわせると年収の13%。非常勤先で社会保険加入を希望する人は79%
・雇い止め経験のある専業非常勤講師は50%
・専業非常勤講師のうち非常勤講師に労災保険が適用されることを知っているのは27%、年次有給休暇の制度がある大学もあることを知っているのは24%
・大学非常勤講師の労働・教学条件について不満のある専業非常勤講師は95%で、特に雇用の不安定さ、低賃金、社会保険未加入、研究者として扱われないことなどに不満を持つ人が多い

この記述から明らかなように、大学の非常勤講師とは、いわゆるパートやアルバイトと何ら変わらない待遇です。英語で表現するとしたら、“a part-time university teacher without full benefits”というような言い回しにでもなるかと思います。企業内の社会保険のようなものはなく、自分で国民年金や国民健康保険を納め、あらゆることを自己責任で負担する立場にあります。実質的に個人事業主と同じです。

専業の非常勤講師は複数の大学の講義を掛け持ちすることが多く、一週間の移動時間も合計するとかなりの時間になるそうです。そういう厳しい条件の中で研究成果を上げることは極めて困難なことであり、目立った研究の成果を出すことができないことがさらに立場を弱くするそうです。

また、これはかなり繊細な問題ですが、学生からの不満の声が大学側に寄せられることによって、突然解雇を言い渡されるケースもあるといいます。しかも、その不満の具体的な内容を説明してもらうこともできず、本人にとって釈然としない結果になることもあるそうです。

さらに、非常勤講師の雇用には、特に女性の場合、無言の男女差別があるという話もありました。大学で講師募集の公募をかけているのを知って、応募してみますが、女性の場合、例えば既に別の女性講師の応募が寄せられているというようなときには、それ以上女性の応募者は不要だという理由で断られるケースがあるそうです。

人文科学・社会科学分野についての話題に関しては、会場にいたある学者の方が次のような趣旨の発言をされていました。(この方は、特にフランスの研究機関の代表の方とつながりがあり、欧米の大学事情についての情報網を持っているようです。)

理工系分野の場合、『ネイチャー』や『サイエンス』といった世界的な雑誌があり、そこに論文を掲載してもらえれば、たちまちのうちに全世界に研究成果が知れ渡るようになるが、文系分野の場合にはそれに当たるような代表的な世界規模の雑誌がないので、研究成果の発表の場が相対的に限られている。そういう中では、日本語、英語、フランス語、ドイツ語等々で書かれた重要な論文が評価の対象になりにくく、人文科学・社会科学の業績をはかるのは難しい。

この点に関しては、私はある社会学者が全く反対の趣旨の発言をしているインタビュー記事をインターネット上で読んだことがあったので、シンポジウム終了後にこの研究者の方に個人的に話をしてみると、文系の中でも細かく個別のセグメントを見ていくと違いはあるということでした。ちなみに、私はこのことに関してシンポジウムの最中に会場で発言させていただきました。

私は、今回のシンポジウム終了後に行われた運営委員会のメンバーの方々の集まりに参加させていただける幸運にも恵まれました。

今回のシンポジウムで発表・議論された内容が必ずしも絶対的なものではないと思いますし、今回のシンポジウムに参加していない別の研究者たちの中には違った見解を持っている人たちもいることだろうと思います。

が、少なくとも、今回のシンポジウムとその後の会合での意見のやり取りを通して私が感じたのは、政府が1991年にアメリカの大学院制度をモデルとした大学院重点化政策を掲げ、ポスドク1万人計画を開始したときから明確な戦略やビジョンを持っておらず、漫然と政策を続けてきた結果、大学の研究員の現場が混乱しただけだったのではないか、ということです。

これは先日ブログに書いた医師不足の問題と本質的なところで相通ずるものがあると思います。医療政策の面でも、政府が医学部の定員削減と医療費の削減を20年間も漫然と続けてきた結果として、絶対的な医師数の不足という事態が生じ、医療の現場が惨憺たる混乱に陥ったわけです。

正規の研究者のポストが極めて限られている中で、ポスドクの人数を漫然と増やすだけでは、椅子取りゲームからあぶれる人たちが続出するのは明らかなことです。その人たちは「高学歴ワーキングプア」と呼ばれるような薄給の不安定な立場に置かれ、本人たちの努力や向上心だけでは打開しようのない状況に追いやられています。もちろん、研究職ではなくても、専門分野を活かすことができる別の道を模索することも可能だとは思いますが、本人たちにとってはやはり研究職に就けることこそが悲願であり、ポスドク一人一人の思いは複雑なものだろうと想像します。

今回のシンポジウムで発表されたサイエンス・コミュニケーションの榎木理事は、昨年11月の行政刷新会議の事業仕分けで若手研究者支援に関して「ポスドクの生活保障のようなシステムはやめるべき。本人にとっても不幸」という発言があったことを紹介していました。

「ポスドクは5年経ってもポスドクだ」というようなことが言われる中で、修士課程を修了した後に続けて博士課程に進み研究者を目指す人の数が減っているということでした。

榎木理事は発表の中で、そういう状況の中で、ポスドク問題を「かわいそう」な人たちとして扱うのではなく、その能力を社会のために活用するという方向に考え方を向け、社会に対してどんな人材を送り、貢献するかという視点が重要だということを強調していました。そして、その問題解決のためには、当事者であるポスドクだけでなく、政府や大学、市民社会といった全体の協力体制が必要だということでした。

私はシンポジウム終了後に、上智大学フランス文学科の非常勤講師をされている黒木朋興講師(文学博士)と会場で名刺交換し、お話させていただいたのですが、その後メールで意見交換させていただいたところ、現在の大学教育の状況に関する自身の未発表原稿の一部をそのメールの中で紹介していただき、特別にその引用許可をいただけましたので、以下に謹んでご紹介させていただきます。

日本の大学の特徴は学費の高い点にあることは先程指摘した通りだが、更に学費はここ30年の間に急上昇したものであることも言っておきたい。中央教育審議会の資料によれば、1975年から1998年にかけて私立大学の授業料は約4.4倍、国立大学は約14倍上昇している。アメリカのよう寄付文化が定着していない日本においては、学費の上昇という現象は大学の経営が授業料収入に大きく左右されるようになったことを意味する。このような状況においては学生の数が多いほど収入が上がり、少なければ収入が減るからである。また、私立大学においては「学部等ごとの収容定員に対する在籍学生数の割合」が国からの助成金の額に左右するとあっては、学生数の減少は収入にとって大打撃となるのである。となれば、多くの大学にとって経営の最優先事項が、優秀な学生を育成することより、とにかく定員通りの学生を集めることになり、そして出来ない学生を落第させるのではなく何とか卒業まで居てもらってたとえ満足な学力がなくとも学位を与える方向で努力することになってしまうのは当然のことと言えよう。こうして、学位のインフレが引き起こされるというわけだ。

更に1990年代初頭より少子化の影響で大学入学年齢の18歳人口が減少し始めているにも関わらず、大学の新設が続き学部数は増えていたという奇妙な現象もある。少子化による大学の危機が叫ばれつつも、大学は潰れるどころか逆に数を増やしていったのだ。何故だろうか? 1つには「大学全入時代」という言葉で知られているように、それまで大学に行かず高卒で終わっていたような若者までもが大学に進学するようになり、大学生の数が維持されたことによる。そして何よりも日本学生支援機構(旧育英会)が奨学金の貸し付けを増やしたことが大きい。これは一応奨学金を名乗っているが、貸し付けであり更に現在では利子まで取っているので、実情は奨学金ではなく学生ローンであることには気をつけてもらいたい。一般にOECD諸国では、高学歴であるほど将来にわたって高収入を見込めるというのが常識的見解である。となれば、大学を卒業すれば高収入が見込めるのだから当然借りた学生ローンは返せるし、政府としては高学歴で高収入の国民が増えれば所得税収入の増加も見込めるという目論見があったことが推測できる。

しかし、残念なことに既に見た通り日本では学位のインフレという現象が起こっており、高学歴者の増加は全くと言って良いほど高所得者の増加に繋がっていないことは、大学は出たものの多くの若者が日本学生支援機構のローンを返すことが出来ずに苦しんでいることや「高学歴ワーキングプア」という現象を見れば一目瞭然であろう。表面的にだけ西欧の大学政策を真似て、大学卒を増やすために多額の学生ローンを貸し付けたものの、ただ学位のインフレを加速させただけだったのである。こうして官が旗を振り、若者に多額の金を貸し付けたことによって、得をしたのは少子化の中でも規模を拡大していった大学の経営者であり、当の学生たちは多額の借金を負わされ、不況の世間に放り出されたのだ。これは若者たちの自己責任なのだろうか? むしろ、行政による政策の失敗なのではないだろうか?

最後に、シンポジウムで言及された政府の「新成長戦略(基本方針)~ 輝きのある日本へ~」という政策について紹介しておきます。

それによると、政府は科学技術関連分野において2020年までに理工系博士号修了者の完全雇用という目標を掲げています。今年3月17日付の読売新聞の記事でも、このテーマについて報道されています。

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さらに、以下の追記欄に他に話題になった事柄について資料やサイトの情報を掲載しておきます。

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テーマ : 研究者の生活
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

平井和也

Author:平井和也
KH翻訳事務所代表。主に人文科学・社会科学分野の日英・英日翻訳を中心にしており、行政翻訳専攻です。好奇心旺盛な本好きです。異文化間コミュニケーション・サポーター。日本翻訳者協会(JAT)会員。海外ニュースライター。

特に政治、経済、国際情勢、行政、ジャーナリズムといった時事的なテーマが得意です。

主な翻訳実績として、東大や一橋大学などの教授の書いた学術文書の英訳、2006年サッカーW杯ドイツ大会の翻訳プロジェクトや防衛省・法務省などの政府系文書、政府高官のパーティースピーチ文書、国際会議関連文書、シンクタンクの報告書・論考、英字新聞『ジャパン・タイムズ』寄稿記事の和訳などの翻訳経験があります。

趣味:読書、語学。

ブログを読んでいただいて、ご意見・ご感想などございましたら、お気軽に以下のアドレスまでメールをいただければと思います。

curiositykh@world.odn.ne.jp

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