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医薬2010年問題

私は最近、「医薬2010年問題」という問題の存在を知り、関心を抱くようになりました。

そのきっかけは、慶應義塾大学の金子勝教授と東京大学の児玉龍彦教授の共著である『新興衰退国ニッポン』を読んだことでした。

医薬2010年問題というのは、日本の科学技術によって生み出された老人向けの多くの薬の特許が2010年をピークに次々と切れようとしているというものです。

同著の記述からポイントをまとめると、次のようになります。

新薬は特許が切れると、後発メーカーも同じ薬を作れるので、価格は急速に低下する。そのため、新薬メーカーはさらに新薬を開発する必要に追われることになる。

日本の製薬企業は、カビや細菌から薬を作る伝統的な製法には長けてきたが、21世紀になりヒトゲノムが解読され、薬の標的となるタンパク質が全てわかってきた中で、分子標的薬と呼ばれるコンピュータ支援に基づいた新しいタイプの薬が中心になっている。

危機感を持った日本の製薬会社は2007年頃から、次々と外国の製薬企業ごと薬を買い付けるという強硬手段に出た。

メーカー首位の武田薬品工業が、ベルケイドというガンの分子標的薬を持っている米国のミレニアム社を9000億円で買収した。2008年、エーザイはガンの抗体医薬品を作っているMGIファーマを4300億円で買収した。さらに、第一三共は、インドのランバクシーという安売りの薬を作る会社を4950億円で買収した。アステラス製薬は、米国の抗体医薬の会社を買収し、2010年には3100億円でタルセバというガンの分子標的薬を持つ会社に敵対的な買い付け(TOB)をかけている。

このように、日本の製薬企業は3年間で2兆円を超える現金をかけて海外の企業を買い付けている。そのほとんどが分子標的薬を持っている会社である。つまり、ガンの薬を手っ取り早く手に入れて2010年に対応しようということが目的である。

薬の開発プロジェクトは、50個のうち1個が成功し、残りの49個は失敗することで知られている。しかし、自分で開発すれば、その50個のノウハウが残る。外国の薬を買ってしまえば、1個の薬が入手できるだけであり、ノウハウは得られない。しかもベンチャー企業の多くは、敵対的買収を受けると、それまでの経営者や主な研究者は退社してしまう例も多く、決して技術開発のノウハウまでは手に入らない。

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また、この著書の中には、医薬の開発と次世代スーパーコンピュータの関係についての興味深い記述もあります。そのポイントをまとめると、次のようになります。

昨年11月の事業仕分けで話題になった次世代スーパーコンピュータには重要かつ必須の用途があり、そのうちの一つが世界的に熾烈な競争が繰り広げられている薬の設計である。

計算のコアを複数設け、複雑な分子の動きを解析することは、タンパク質、ウイルス、ヒトゲノムなどの動きをシミュレートするのに欠かせない。

ヒトの遺伝子が全て読まれたことにより、薬の標的となるたくさんのタンパク質が明らかとなり、その構造を決めるのは放射光施設のスプリング8であり、それに作用する薬を設計するのはスパコンである。

こうした医薬品設計に最も力を入れているのは、ニューヨークの45番街にあるD・E・ショー研究所だ。彼は、1990年代のクリントン政権の科学技術顧問として、ゴア副大統領などの情報スーパーハイウェイ構想を推進し、政府を挙げて日本の電気電子企業の優位性をくつがえしたインターネット時代の幕開けを推進したブレーンだった。オバマ政権でも、先端技術開発の舵取りをしている中心人物である。

彼が最も中心的に投資しているのが、医薬品開発に必須となる新しいコンピュータ・システムANTONである。彼らは、生物のタンパク質など巨大分子の形成を、コンピュータを使って1原子ごとに1フェトム秒で計算する。(フェトムは10のマイナス15乗、1秒の1000兆分の1。)これにより、酵素や受容体のタンパク質の構造を正確にシミュレーションできるので、それに結合する薬を設計できる。

D・E・ショーのマンハッタンの40階建てのビルの20階より上はD. E. Shaw Research (DESRES)という研究施設になり、巨大なコンピュータが置かれ、世界から優秀なSEが高給でリクルートされている。

この医薬2010年問題に関心を持ったことがきっかけで、私は医薬の研究や開発という業務がどれほど膨大な資金や時間を要し、特殊な事情を伴う分野かということを初めて知りました。

『医薬品クライシス』(佐藤健太郎著)という本の中から、医薬の研究開発過程についての説明を次のようにまとめてみました。

通常、「研究」「開発」という言葉は、厳密な区別なく使われるが、医薬品業界においては臨床試験以前の段階、つまり動物実験で有効性を確かめる段階を「研究」、臨床でヒトに対する試験を行う段階を「開発」と呼び分けている。

「開発」は、とにかく時間とカネがかかる段階で、その過程で数百から数万人に医薬候補化合物を投与し、効果と安全性を綿密に検証する必要がある。化合物一つが医薬として認可されるまでには、百億単位の費用と十年以上の歳月を必要とする。研究段階で数千もの化合物から絞り込まれた医薬候補品のうち、臨床試験の関門を突破して医薬となるのは、わずか数%に過ぎない。

臨床試験に入る化合物は、二種類以上の動物での毒性試験をクリアしている必要がある。試験の内容には厳しい規定があり、そのデータを細大漏らさず報告しなければならない。

人体での臨床試験でも、疾患範囲ごとにガイドラインが定められていて、この範囲内でどのように試験を行っていくか、研究計画を監督官庁に予め報告しなければならない。

臨床試験は、第I~第III相の三段階からなる。有効性が確認できないか、その薬を服用することによる利益を上回る害があると判断されれば、その段階で試験は停止(ドロップ)となる。製薬会社としては、先の段階に上がってからドロップすると、数億、数十億円という単位で損害が出るから、その見極めには大きな決断を要する。

第II相では、薬の対象となる患者に投与し、効能を調べる。第II相は前期と後期に分かれていて、前記では比較的軽症の患者を対象とし、人体での体内動態で、どの程度までの投与量なら安全かといった瀬踏み試験を行う。

後期では候補化合物がどんな病気に有効で、どの程度服用するのがベストかを決定する試験を行う。安全性についても綿密な検討が行われる。

最後の第III相では、いよいよ多数の患者を相手に、比較対照とする医薬に比べてどのくらい効果があるか、思わぬ副作用がないかの検討が行われる。ここで得られたデータを解析し、十分な安全性と有効性があると判断されれば、厚生労働省に書類を提出し、審査を受けることになる。

審査には、都合の良いデータも悪いデータも、何らかの要因で実験に失敗したデータも全て提出しなければならない。そのために、提出書類はプリントアウトすれば厚さがメートル単位の膨大なものになる。厚労省の審査官は、その数値に矛盾がないか、統計解析は妥当か、製造工程に安全性・信頼性は十分かなど、厳しくチェックする。

これだけのデータを扱うため、審査には最低でも1年、最近では3~4年かかることも珍しくない。審査を通過すれば、ようやく晴れて医薬として世に出ることになる。多くの場合、ここに至るまでに、プロジェクトの開始から合計して15年ほどの期間を要するのが普通だ。

ただし、ここで完全に手綱を緩めていいというわけではない。市販が開始されると、臨床試験段階とは桁違いの数の患者に投与されることになる。中には他の病気を併発している人や、他の薬剤を服用しているケースも多い。そうした場合でもトラブルはないか、実際の患者のデータや情報を収集することも行われる。

ここで問題が起これば、注意書きなどが追加され、最悪の場合、販売停止、回収を余儀なくされることになる。

以上、説明が長くなりましたが、私はこれを読んで、江戸時代の医師である華岡青洲が麻酔薬を開発するために、が勇敢にもその実験台になることを申し出て、副作用で失明してしまったという痛切な話を思い出さずにはいられませんでした。

医薬の進歩や医学の発展のために行われている研究や開発の裏に、どれだけ膨大な労力や苦労が隠されているのか、今回改めて思い知らされました。

なお、以下の追記欄に『医薬品クライシス』に記述されている医薬の特許切れに関する説明と、『AERA Biz』アエラ臨時増刊No.44 2010年10月10日号掲載の関連情報をまとめておきます。

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テーマ : 医療・健康
ジャンル : ニュース

医師不足の背景に何があるのか

先月、個人的に医療について考えさせられる経験をしたことがきっかけで、医療問題に対する関心が強くなりました。ここ数年の間に、医師不足や救急医療体制の不備、医療ミスといったことがメディアで大きく取り上げられる機会が増えています。

一般の人たちからは医療現場で何が起こっているのか見えにくいために、認識不足や誤解、それによる医療従事者と患者の間でのトラブルといったことが起こっています。

あらためて医療問題について調べてみようと思い、数冊の関連本を読んでみたところ、医療現場の現実について少しずつわかってきました。

『「医療崩壊」のウソとホント』(本田宏著)を基にして、医師不足の問題のポイントを以下にまとめてみました。

2004年に新卒後臨床研修制度がスタートしてからは、地域の病院で医師不足が深刻化し、激務にいっそう拍車がかかった。そうした中で、患者の“高い要求”に応えることに疲れ果てた医師たちが、病院から一人、また一人と立ち去り始めた。虎の門病院の小松秀樹先生は、この現象を「立ち去り型サボタージュ」と呼んだ。兵庫県立柏原病院小児科の和久祥三先生の言葉を借りるなら、「逃げることを選択できないまじめに頑張る医師は最終的に過労死するか、睡眠不足で医療事故を起こしたり、心を病んだり、自殺するしか道がない」そして、現場から去っていく。ここまで追い詰められているのが現在の医療現場の実情である。

『まちの病院がなくなる!? 地域医療の崩壊と再生』(伊関友伸著)の中に次のような記述があります。

厚生労働省の「医師の需給に関する検討会」に掲出された「医師需給に係る医師の勤務状況調査(病院分)中間集計結果」によると、常勤医師1人1週間当たりの勤務時間の平均は66.4時間であった。1週間40時間が基本なので、1週間で26.4時間、1カ月(30日で計算)で113時間以上、勤務時間外に勤務していることになる。調査では最も長い時間勤務している医師の1週間の勤務時間は152.5時間であり、1週間で112.5時間、1カ月(30日で計算)で482時間以上、時間外勤務をしていることになる。

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1週間当りの勤務時間(常勤のみ、「実際の始業・就業時間」より算出)

時間も長いが、問題はその中身だ。(中略)まず、当直の存在だ。医師の仕事は事務職と違い、救急や入院患者の容態の変化の対応のために、月に数回、宿直を行うことになる。宿直は原則的に仕事をしていない。急患の対応の時間だけ労働時間にカウントされる。夜の12時に起こされて1時間患者の診察をした場合の勤務時間は1時間だけである。さらに、医師の仕事はミスが許されない。一つのミスが患者の生命に直接影響する。休んでいても緊張にさらされているのが医師の仕事である。
(中略)
長い労働時間と仕事のストレスが原因で、「うつ」などの心の病になる医師も多い。(中略)2007年3月14日、東京都内の病医に勤務していた小児科医中原利郎氏(当時44歳)が自殺したのは過労によるうつ病が原因として、中原氏の妻が、労働災害認定を行わなかった新宿労働基準監督署の処分取り消しを求めた行政訴訟で、東京地方裁判所は、自殺を労働災害と認める判決を下した。東京地裁の民事第11部の佐村浩之裁判長は、小児科部門の責任者として、医師2人の退職に対する代わりの医師を見つけることが困難であったこと、医師2人の退職により、残った医師の勤務状況が厳しくなり、職場の人間関係が悪くなったこと、結果として中原医師自ら1カ月で8回の宿直勤務を行わなければならなかったことなどがストレスの要因となり、自殺に至ったことを容認している。医師に労働災害が認定されることを認めた貴重な判決である。なお、東京地裁の判決を受けて、厚生労働省は控訴を断念している。

日本の医師の総数は現在、およそ26万人と言われていますが、2006年のWHOの報告では、世界一の高齢化社会である日本の人口当たりの医師数は192カ国中63位にすぎないという結果になっています。
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長寿上位31カ国の医師数(人口1000人当たり)

人口1000人当たりの医師数は、2008年のOECD加盟国の平均3.1人に対して日本は2.1人となっており、これは30カ国の中で最下位から4番目の数値です。OECD各国の人口1000人あたりの医師数(2006)参照。

日本の医師数をOECD加盟国レベルに引き上げるためには、大雑把に計算して14万人増やす必要がある、と著者である本田宏氏は言っています。いや、もっと厳しい試算では20万人という数字が挙げられています。

これに対して、医師は不足していないと主張する人たちは「偏在」という言葉をよく使います。つまり、都市や一部地域、人気のある科に医師が偏っているため、厳しい労働条件の小児科や産科、地方で医師不足が起こっているという主張です。

しかし、ここで見逃してはいけないのは、OECD加盟国の人口当たりの平均医師数との比較です。日本でいちばん医師数が多いはずの東京でさえ、OECD加盟国平均(290)に達しておらず、日本の医師数が絶対的に不足していることを示す動かぬ証拠となっています。(日本の全国平均は206人。)

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都道府県別にみた人口10万人対医師数

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「人口10万人に対する医師数」OECD Health Data 2006、厚生労働省 2004より

では、なぜ医師不足が起こったのでしょうか。続けて『「医療崩壊」のウソとホント』からポイントを抽出すると、次のようになります。

1980年代初頭、日本政府は医師数を抑える方向に舵を切った。その背景には、1982年に開かれた第二次臨時行政調査会の答申と、それに基づいた「医療費亡国論」があった。

簡単に言うと、国が医療にお金をかけると経済発展の邪魔になるから、医療費を抑えるために医学部の定員を減らして医師数を抑えようという提案だ。

当時の厚生省保険局長吉村仁氏の一声に、どうやら医師増員による過当競争を恐れた日本医師会の支持も加わって、1987年から2006年まで20年にわたって日本は一貫して医学部の定員を抑え続けてきた。

これに関する旧厚生省の大きな問題は、その後適正な医師数について経時的な分析を怠り、世界の動向を視野に入れることもなく、いったん決めた医師数抑制という方針を見直さなかったことである。せめて5年おきくらいに日本の医師の労働時間調査を実施し、各国の医師数などと比較していれば、OECD加盟国平均との大きな差を生む前に方針転換できたはずだ。

日本の医師不足が大きく注目され始めたのは2004年以降のことだった。この年、新卒後臨床研修制度が導入され、日本の医師不足が顕在化した。

この制度は、医師国家試験に合格した新人医師が、2年間研修病院で複数の診療科をローテーションして、幅広い知識と経験を身につけることを目的とした制度である。

この制度の導入によって、研修期間中は一人で診療行為を行うことが禁止された。研修医には一定の給与が支給され、当直のアルバイトが禁止となった。それまで研修医のアルバイトでどうにか救急体制を維持してきた救急病院は大変な状況になった。常勤の医師だけでその穴を埋めることはできない。結局、医師不足を理由に、救急の看板をはずす病院が次々と出てきた。

つまり、日本の救急医療体制は、薄給の若手医師がアルバイトをすることでどうにか支えられていたという現実が、図らずも新卒後臨床研修制度の導入で明らかとなった。

著者である本田氏は、日本の医療を再生するには、医師の増員と医療費の増額を同時に達成することが必要最低条件だと言っています。

OECD各~2
OECD各国の医療費(対GDP比)2004年

OECD各~1
OECD各国の医療費(国民1人当たり)2004年

OECD各~
OECD各国の医療費(対GDP比)増加率(1994-2004)

OECD各国の医師数(人口当たり)増加率(1994-2004)参照はこのリンクから。

最近になって、ようやく政治家の中からも党派を超えて医療改革を推進する声が出始めた。2008年2月、超党派議員による「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」が発足し、政府がついに医師不足を認め、その改善に動き始めた。医師不足の元凶となっていた1982年の医師数抑制、1997年の医学部定員削減の閣議決定を見直すことを、政府が発表した。

議連の会長である尾辻秀久元厚労相は、小泉内閣時代に決定された「社会保障費を毎年2200億円ずつ抑制する」という政策にも徹底的に反対の意を表明し、ついに2009年6月、政府がこの方針を転換し「抑制しない」と発言した。

では、なぜここにきて、急に国がドタバタと動き始めたのでしょうか。その理由は明快です。

一つ目は、日本の医療崩壊が各地で大問題になって、政府も無視できなくなったから。二つ目は、医療崩壊に国民が強い関心を示し、選挙の大きな争点になってきたから。

医療費や社会保障費については、『医療崩壊の真犯人』(村上正泰著)に詳細な記述があるので、そこからポイントを抜き出してみたので、以下に付記しておきます。

日本では、国民皆保険制度の下、いつでも、どこでも、だれでも保険証一枚で必要な医療を受けられる仕組みとなっているが、これは患者が医療機関を受診すると、かかった医療費のうち一定部分を窓口で患者負担として支払えば、残りの部分はそれぞれの患者が加入している医療保険制度の保険者が医療機関に支払うかたちになっている。保険者からの支払いは、加入している被保険者が納めた保険料と投入される税金によって賄われる。

2009年8月時点の患者の窓口負担は、一般は3割、70歳以上は1割、義務教育就業前の子供は2割となっている。

老人医療費は1973年1月から全国で無料化されたが、1983年2月に定額負担が導入され、その額も次第に引き上げられていき、2001年1月には1割の定率負担が導入された。2002年10月には診療所における定額負担との選択制が廃止され、定率負担を徹底する措置が講じられた。

また、被用者保険のサラリーマン本人の患者負担も1984年10月に1割の定率負担が導入され、1997年9月には1割から2割に引き上げられた。2002年度医療制度改革において、小泉首相が与党内を含む多くの猛反発を押し切って、サラリーマン本人の患者負担を2003年4月に2割から3割に引き上げた。

つまり、医療制度改革の中心は、一貫して患者負担の引き上げだった。患者負担を引き上げれば、患者のコスト意識が高まって不必要に医療機関を受診することがなくなり、医療費の高騰を抑制できるというのが、その根底にある考え方だ。

1996年度には国民医療費の患者負担は11.6%だったが、十年後の2006年度には14.4%まで上昇している。つまり、この分だけ医療費を保険料や税金から利用者負担へシフトさせてきたということである。

ただ、患者負担が過大にならないような措置も講じられている。高額療養制度と言われる仕組みで、重要だが意外と知られていない。例えば、一般の現役世代の場合、一カ月に100万円の医療費がかかると、定率負担だけでは30万円を自己負担しなければならないが、「8万100円+(医療費-26万7000円)×1%」が月額上限に設定されていて8万7430円に抑えられるという仕組みである。

さらに、国民負担率、すなわち、税金と社会保険料の国民所得に占める割合が高くなれば経済成長にとってマイナスだという証拠はない。

日本の国民負担率は、2009年度見通しで38.9%。これに財政赤字の対国民所得比8.8%を足し合わせた潜在的国民負担率は47.7%になる。

日本の国民負担率を主要先進国の場合と比較すると、米国34.7%、英国49.2%、ドイツ52%、フランス62.4%、福祉国家の象徴とされるスウェーデンが66.2%という数値(いずれも2006年)。潜在的国民負担率では、米国44.6%、英国55.9%、ドイツ53.1%、フランス67.5%、スウェーデン66.2%。
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国民負担率の国際比較

主要先進国の経済パフォーマンスを比べると、決して国民負担率が高いと経済成長率が低くなるとは言えない。公共経済学の大家であるオックスフォード大学のアンソニー・アトキンソン教授は詳細な国際比較の上で、「国民負担率と経済成長の間に統計的な有意はない」という結論を出している。

近年の社会保障政策の基本は、小泉政権末期の2006年7月に閣議決定された「骨太の方針2006」に示されているように、社会保障費を国の一般会計予算ベースで毎年2200億円抑制するというものである。

社会保障費は、何もしなければ毎年約1兆円ずつ増えていく(自然増)。小泉内閣の5年間で自然増を合計1.1兆円(毎年平均2200億円)削減してきた。

こうした小泉内閣の方針をその後の5年間も継続することを定めたのが「骨太の方針2006」だ。この文言から、「改革」の本質が5年間で国庫負担を1.1兆円削減することであるのは一目瞭然である。つまり、歳出削減に他ならないと政府自身が白状しているも同然だ。

これに対して、2009年6月に閣議決定された「骨太の方針2009」のとりまとめ過程では、自民党内から社会保障費削減の継続に批判が相次ぎ、「『基本方針2006』等を踏まえ、無駄の排除など歳出改革を継続しつつ、安心・安全を確保するために社会保障の必要な修復をするなど安心と活力の両立を目指して現下の経済社会状況への必要な対応等を行う」との文言が盛り込まれた。

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プロフィール

平井和也

Author:平井和也
KH翻訳事務所代表。主に人文科学・社会科学分野の日英・英日翻訳を中心にしており、行政翻訳専攻です。好奇心旺盛な本好きです。異文化間コミュニケーション・サポーター。日本翻訳者協会(JAT)会員。海外ニュースライター。

特に政治、経済、国際情勢、行政、ジャーナリズムといった時事的なテーマが得意です。

主な翻訳実績として、東大や一橋大学などの教授の書いた学術文書の英訳、2006年サッカーW杯ドイツ大会の翻訳プロジェクトや防衛省・法務省などの政府系文書、政府高官のパーティースピーチ文書、国際会議関連文書、シンクタンクの報告書・論考、英字新聞『ジャパン・タイムズ』寄稿記事の和訳などの翻訳経験があります。

趣味:読書、語学。

ブログを読んでいただいて、ご意見・ご感想などございましたら、お気軽に以下のアドレスまでメールをいただければと思います。

curiositykh@world.odn.ne.jp

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